「DXの現場、みんながんばってるよ」最前線を取材する記者がそう伝える理由

「DXの現場、みんながんばってるよ」最前線を取材するライターがそう伝える理由

「DX」は生産性向上のシンボルとなり、その言葉をニュースで目にしない日はありません。一方で、実際にDXを求められている現場ではどんな苦労をし、またどんな工夫をしているのでしょうか。著書『ルポ 日本のDX最前線』を執筆したノンフィクションライターの酒井真弓さんに聞きました。

酒井真弓 (さかい・まゆみ)ノンフィクションライター。IT系ニュースサイトを運営するアイティメディア株式会社で情報システム部を経て、エンタープライズIT領域において年間60本ほどのイベントを企画。2018年、フリーに転向。現在は記者、広報、イベント企画、ブランドアンバサダー、マネージャーとして、行政から民間まで幅広く記事執筆、企画運営に奔走している。著書『ルポ 日本のDX最前線』 (集英社インターナショナル新書・2021年6月)

ルポ日本のDX最前線(インターナショナル新書)

ルポ日本のDX最前線
(インターナショナル新書)

著者 酒井真弓

今、“DX”の現場では何が起きているのか――3行政機関+7社の本音を取材

様々なステージの「DX」、気軽に話せるように

——実際に様々な企業や団体を取材して、現在のDXの現場にどんな課題を感じましたか?

酒井:これまで、企業の経営者やCDO(最高デジタル責任者)などに取材をしてきましたが、課題は本当にまちまちです。

たとえば、歴史が古い会社だと、レガシーマイグレーション(古いシステムを新しいシステムに移行すること)からスタートすることもありますし、ベンチャー企業などの新しい会社ではすでにシステムもクラウドネイティブだけれども、ビジネスそのものをいかにクラウド化していくか迷っている、といったフェーズのところもあります。

——厳密には、レガシーマイグレーションはDXではないとする説もありますが、いかがでしょうか?

酒井:たしかに厳密な定義に当てはめるならば、DXとは言えないでしょう。まずペーパーレス化からデータのデジタル化が進む、デジタライゼーションができるようになって、データ活用によって顧客に価値を提供する――。それがDX化の流れです。レガシーマイグレーションはその中の初期の初期、のステップですからね。

しかし、あまりにきっちり定義をしすぎてしまうと、その初期フェーズに一生懸命に取り組んでいる人たちは「自分たちはまだ遅れているんだ」と思ってしまいかねません。そうするとみんな、仕事が楽しくなくなってしまいます。なので、きっちり定義することにこだわらず、取り組みを気軽に話せる世界がよいのではないだろうかと私自身は考えています。

——古い体質の企業は、どんなことに苦労されている印象でしょうか。

酒井:やはり社内調整でしょうか。DX化に伴う調整ごとは、大きな会社であればあるほど大変です。ステークホルダーが多いので、そこを乗り越えて何とかやっているかもしれないし、そもそも経営層の理解がないところをどうにか説得して着手しているかもしれません。まず一方を踏み出していること自体がすごいと思いますね。

フェーズやレベル感はそれぞれですし、思ったことは口にしていいと思いますが「DXの現場ではとにかくみんな頑張っているよ」と言いたいです。

スムーズなDX、コミュニケーションに工夫

——取材したなかで特に記憶に残るエピソードがあれば教えてください。

酒井:ひとつは「生活協同組合コープさっぽろ」でしょうか。50年超の歴史がある企業ですが、当初、IT投資は経営アジェンダに上がっていませんでした。さらに、システム改修や統合を繰り返す中で、ベンダーに任せきりにしていたため、1882年から建設が続いているスペインの教会、サグラダ・ファミリアのように複雑で入り組んだシステムが生まれてしまっていたのです。

ですが、ここからコープさっぽろの山あり谷ありDXが始まります。まずは、ベンダー任せをやめて内製化に舵を切るため、エンジニア採用をスタートし、クラウドサービスやコミュニケーションツールを使ってどんどん生産性を高めていったのです。約10カ月に及ぶ取材の終盤では、入社したばかりのエンジニアの活躍も光り、新たなサービスがリリースされました。困難な状況でも、志があって行動する組織には仲間が集まり、着実に変わっていけるのだと思いました。

「DXを活用して競合他社が何をしているかを伝えましょう」

——経営層がDXへ舵を切るにはどうすればよいでしょうか?

酒井:まず、多くの経営層はITやDXが流行っていること自体は頭に入っています。ですので、「DXを活用して競合他社が何をしているか」を伝えてはどうでしょう。

いまはエンジニア同士のミートアップやクラウドコミュニティ内の交流が盛んで、競合同士のエンジニアがつながっています。そういうところで情報を仕入れて、経営陣に伝え続けます。1回だと忘れられてしまうので、とにかく言い続けることが大切です。

また、システムを外部に委託しているケースであれば、委託業者にも敬意を払うほうがよいでしょう。担当者の名前ではなく「会社名に“さん”付けで呼ばれていて人間として扱われているように思えなかった」と言っているIT事業者にも会ったことがあります。情報システム部門のトップと、委託先が人間的に合わないとか、そういったことも起こりえますが、スムーズなコミュニケーションができないとDX化の妨げになるのは間違いありません。

——相手の個性や人格、能力をきちんと認めることが大切ということですね。

酒井:そうです。情シスも委託先も、組織としてだけでなく、個人としても活躍したい、と思っているケースが多々あります。

DXを後押しする社内の共通言語のつくり方

——スムーズなDX化の成功事例があれば教えてください。

酒井:「トライアル」はもともとIT企業でしたが、あとからスーパーなどの小売店事業も始めました。この会社は顧客のデータを収集して、“顧客のための”データ活用をしているのですごく進んでいました。コープさっぽろと同じで、トップがしっかりしています。「うちの会社はAIを使っていくのだ」ということを明確にしているんですね。

たとえば、社内に必読書リストがあり、社員はみんな読んでいるんです。「ビジョナリー・カンパニー」などですね。また、100万部を超えたベストセラー「キャズム」の著者、ジェフリー・ムーアさんを講演に呼ぶとか、G検定という東大の松尾豊先生のディープラーニング検定の試験を受けさせるとか、ユニークな社内啓発活動も行っています。

実際にこれからAIが必要だ。だから自分たちもこれから身に着けるんだということで、社員に浸透させていく。そうすると、社員もAIが必要だと腹落ちしている状態になりますし、たとえば、社内で「ビジョナリー・カンパニー」の話をしても共通言語として話が進みます。マインドや文化をDXしやすく変えていくことができます。

これはパナソニックのCIO 玉置肇さんがおっしゃっていたことですが、「昭和の階級社会が残っている会社にいくらクラウドを入れても宝の持ち腐れ。組織改革から始めないと絵にかいた餅で終わってしまう」と。なるほどな、と思いました。ビジネスの土台にするための組織風土を作っていくことが大切ですね。

DX担当にアサインしたからには応援を

ほかにも企業風土が古い会社でよくあるのは、「お前やってみろ」といってアサインされたけれどもはしごを外されてしまうケースです。やはりアサインしたからには、応援してほしいですね。

社長が全然わかっていなくて周りが苦労するケースも多いので、社長自身が変わることも大切です。社員の立場から考えると、この会社は無理だ、と思ったら、いますぐに転職することもできますから、どんどん外に出て行って、自分が楽しく働けるところにいたほうがいいですね。誰も会社のために生きているわけではないので、分かってくれる、もっと同士がたくさんいるところに行くのも一つの選択肢ではないでしょうか。

官公庁、地味でも大切なことをやっている

国全体にとってはとても大切なことをやっているのです

——酒井さんは官公庁の取材経験もありますが、官公庁のDX化はどうでしたか?

酒井:日本の官公庁は、未だ紙だったものを一生懸命データ化しているフェーズにある印象です。文化的にも、何をやるにしてもどうしても時間がかかる。そこに取り組んでいる人たちは、やっていることは地味ですし、何十年もかかるということも理解しています。でも、国全体にとってはとても大切なことをやっているのです。

データの基盤づくりすらまだ出来上がっていない部門が多いので、今後日本全体のDXを考えていくならば、その準備段階で、たとえば戸籍の情報整理などをきちんとやっていかないと、飛び道具的なことを急いでやっても破綻するでしょう。

メディアの責任もあると思います。枕詞のように「日本はDX化が進んでいない」――。言いやすい、書き出しなどに書くと楽だからなんとなく書いている、ということもあるのが現実ではないでしょうか。

日本は、個人情報の壁も非常に高く、国民の意識も高いです。それゆえのハードルもありますが、一国民としてはデータ化されて一元管理されていたほうが便利なようにも思います。他の国はこれだけ進んでいる、というのを話すのもよいのですが、地道にやっている人たちにも光を当てられるとよいなと思います。

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