サントリーが1万人のペーパーレス化を実現 一気通貫システムの舞台裏

サントリーが1万人のペーパーレス化を実現 一気通貫システムの舞台裏

飲料大手のサントリーホールディングス(HD)は、2018年から国内グループ社員1万人を対象に、一気通貫のペーパーレスプロジェクトを進めています。巨大組織で、デジタル化をどのように進めたのか。プロジェクトの中心メンバーの田中雄生樹さん(サントリービジネスシステム)と、鈴木圭吾さん(サントリーHD)に、インタビューしました。

紙ベースで決裁・捺印

——プロジェクトを立ち上げるまで、バックオフィス部門の業務フローに、どのような課題がありましたか。

田中雄生樹さん(以下、田中):例えば、支払い業務では、請求書もその元となる伝票も全て紙ベースでした。小売店から売掛代金を回収する時はもちろん、営業マンの経費精算なども、上長が出社して確認し、決裁や捺印をする必要がありました。

一部の業務はデータ化されていましたが、部署や業務ごとでデジタル化を進めていたので、グループ内でも分断が生じていたのです。

稟議書の作成と支払い決済のみがシステム化され、他の業務は紙ベースで業務を行っていました。例えば、契約書の捺印は、捺印簿を利用して、捺印の申請者と決裁者の両方が名前を記載して、認印を押すフローになっていたのです。

このフローだと、誰かが捺印簿を持っていってしまうと、戻ってくるまで作業が前に進みません。また、契約書類はキャビネットに保管しており、手作業で書類をファイリングしなければいけませんでした。

さらに、捺印申請者が契約書を稟議のシステムに上げた後、法務や総務がチェックしており、時間がかかっていました。

「サントリービジネスシステムの田中雄生樹さん(写真・画像はすべてサントリーHD提供)

サントリービジネスシステムの田中雄生樹さん(写真・画像はすべてサントリーHD提供)

——日本の企業は、上層部などの高年齢層がDXになじみにくいという課題もありますね。

田中:サントリーグループでは、18年から生産性向上をテーマに、様々なプロジェクトが発足しましたが、ペーパーレスもその一つです。新浪剛史社長が自ら号令をかけていたので、デジタル化は時代の要請という認識は、社内にもありました。

ただ、営業や工場の現場の従業員に、数百人規模でヒアリングしたところ、現状の紙ベースの業務のやり方を変えることに、漠然とした不安がありました。

振り返ると、プロジェクトのスタート当初は、契約書や請求書、領収書などの帳票類を紙で管理していました。

スケジュール管理やコミュニケーションはデジタルで支障がなくても、お金に関わる帳票類は、紙できちんと確認したいという意識や、「紙の方が見慣れているので安心」という声もあったのです。

現場の不安の解消からプロジェクトを始めようと、ヒアリングしたところ、営業部の事務サポートのスタッフを中心に「システムは、直感でわかるユーザーインターフェースにしてほしい」という要望が、200件近く寄せられました。

そして、短期間で開発と修正を繰り返す「アジャイル」の形でシステムを開発。現場のスタッフに使用してもらい、声を吸い上げ、システムに取り込むことを重ねました。

ユーザーテストを重ねて開発

——最初のプロトタイプはどのようにして作ったのでしょうか。

田中:グループ会社のサントリーシステムテクノロジーと一緒になって考えました。

——従来のシステムは、入力そのものが難しかったんですね。

田中:そうです。何を打ち込んでいいかわからない人もいました。なので、直感的に何を入れたらいいか、自然とわかる操作性にしました。

そして、社内の共通基盤システムは、請求書の起票、電子捺印、帳票の電子保管などに使用する外部のパッケージシステムとつなぎやすいかどうか、という視点で導入しました。

IT技術者が、システム選定にあたって、それぞれの長所と短所を記載した比較表を作成してくれました。

——入念にシステム作りをしたという印象です。

田中:ユーザーの声を尊重して、使いやすいものにしようと思っていました。

コロナ禍の前は、実際にデスクに行き、目の前でシステムの仕様をテストしてもらいました。コロナ禍の後も、オンライン会議で画面共有をして、「ここが使いづらい」という指摘を受けた時には、すぐに仕様を変えています。

大組織でのボトルネック

——サントリーのように大きな組織で、様々な部署や業務を横断するプロジェクトを進める過程で、ボトルネックはありましたか。

鈴木圭吾さん(以下、鈴木):プロジェクトは、総務、経理、法務、システムといった専門性の高い部署のメンバー50人で進めました。

サントリーHDの鈴木圭吾さん

サントリーHDの鈴木圭吾さん

各メンバーには既存業務への強いこだわりがあります。今までは相互に干渉することはない中で、一気通貫のシステムを作るための落としどころを見つける作業が、一番苦労しました。

大人数なので、常に全員が会議などに参加できるわけではありません。一度意思決定されたことが、欠席していたスタッフの意見によって、再度仕切り直さなくてはならないこともありました。

それでも、「現場のスタッフが使いやすいシステムに」という観点から意見をまとめることで、おのずと方向性は決まっていきました。

コロナ禍で計画を前倒し

——新型コロナウイルスの感染拡大は、ペーパーレスプロジェクトにどのような影響を与えましたか。

田中:コロナ禍が始まった20年2月ごろは、ヒアリングとシステムのテストが終わって、全体に向けた説明に取りかかろうとしているところでした。

ちょうど、多くの従業員が在宅勤務になり、書類の取得や捺印決裁のために出社することの不便さに気が付いたんですね。

元々は、業務を一気にオンラインにする予定はありませんでしたが、コロナ禍で計画が前倒しになりました。

オンラインで業務が完結するインフラを1カ月間で集中的に整備し、20年4月から導入できたことで、より多くの人がシステムを使えるようになりました。

結果的にですが、コロナ禍によって、プロジェクトがより成果を発揮したように感じます。

稟議も捺印も自動的に進行

——20年6月に稟議、契約から支払いまで、一気通貫でできるシステムが完成しました。

田中:今回は、契約書作成から、稟議、捺印、文書管理、支払いまでのフローについて、各部署をまたいだ一気通貫の共通システムでつなげました。

今までは、契約書を作るのに各部署と法務部との間で、何回もメールのやり取りを重ねていましたが、システムにチャットを内製化したことで、コミュニケーションもスムーズになりました。

ペーパーレス化による業務フロー改善のイメージ図

ペーパーレス化による業務フロー改善のイメージ図

契約書を一度システムに上げれば、稟議も捺印も自動的に次の段階に進みます。他部署による再度のチェックは不要となり、業務の工数を大幅に削減できたのです。

一部ではなく最初から全部変える

——ペーパーレス化は多くの企業が採り入れています。サントリーグループのシステムの独自性はどこにあるのでしょうか。

鈴木:ほとんどの企業は、電子捺印だけの導入など、各部署や書類形態に応じて部分的にペーパーレスを進め、スモールスタートを切っているようです。当社のように、書類の上流から下流まで一気通貫でDXを実現した例は少ないのではないでしょうか。

確かに、一部だけ導入すれば初期コストは抑えられますが、全部のシステムを最初から作った方が、最終的なコストカットにつながりますし、業務効率のスピードも違うと考えています。

——システムを導入した結果、社内に変化は起きましたか。

田中:外出先から会社に戻って作業する必要はなくなり、直行直帰が普通になりました。

出社して行う手作業がなくなったので、残業も格段に減りました。書類を探すのに費やしていた時間を、資料作成のサポートに回すなど、生産的なことに時間を使えるようになったのが良かったです。

システムは、開発時のテストで「もっと画面を大きくしてほしい」という声があったので、帳票類が大きく表示されるように工夫し、「見やすい」との声をいただいています。

従業員も最初は画面による帳票確認に不安を感じていましたが、導入後はそちらの方がミスも少なくなることに気が付きました。

かつては、伝票と証票がバラバラで経理部門に送られてきたり、組み合わせが違ったりするという問題もありました。システム化した今では、自動的にセットで送られるので、ミスがなくなっています。

開発した一気通貫型のシステム。ユーザーにとって見やすい画面が特徴です

開発した一気通貫型のシステム。ユーザーにとって見やすい画面が特徴です

——他にはどのような変化がありましたか。

田中:バックオフィス部門以外でも、変化は起きています。例えば、工場は年間数万件の帳票を発行していますが、今までは全て手作業で起票して捺印していました。

電子化の推進が始まった21年9月からは、システムに打ち込むことで起票や捺印が完了できるようになりました。

——今後のプロジェクトの予定について教えて下さい。

田中:プロジェクトは22年度が最終年です。現場からの要望があり、営業部門の立て替え精算や書類などのペーパーレス化も進めます。例えば、出先から書類をPDFで送って、即決済もできるようになります。

最終的に、年間300万枚の紙を減らし、契約書の紙代や郵送代など年間約3千万円を削減するのが目標です。工数の削減で、3年間で約10万時間を創出できる見込みです。当初は6万時間の削減が目標でしたが、プロジェクトが進んで、上方修正できました。

全体像とゴールを明確に

——サントリーグループの取り組みは、他の企業も参考にできそうです。プロジェクトを成功させる秘訣は何でしょうか。

鈴木:プロジェクトの全体像と最終的なゴールを明確にしていたことです。目的と効果を事前に示すことで、上司を説得できました。

紙をなくすこと自体が目的ではなく、いつでもどこでも業務を行えるようにして効率化を図ることが第一でした。その目的を達成するために、一気通貫のシステムを開発して、全工程をペーパーレス化したという流れです。

また、船頭が多くなると方針がぶれてしまいます。旗振り役をきちんと決めたうえで、現場の声を重視したシステム開発を進めたことも大きかったと思います。

田中:システムを導入する際は、一部だけではなく、全体像を描くことが大切です。現場は、従来のやり方を変えることに不安を抱くものです。ユーザーの視点を大事にしながら、「いつかはこのシステムが、当たり前になって役に立つ」という信念を持って、説得することが大切でした。

ペーパーレス化によって、22年までにCO₂を年間18トン削減することを目指しています。業務効率化だけでなく、社会からの要請に応えるという意識で動いています。

従業員からの声に涙

——バックオフィス部門に属するお二人が、プロジェクトを通じて感じたことは何でしょうか。

田中:サントリーグループには、社内の優れた取り組みを顕彰する「やってみなはれ大賞」という企画があります。365件ほどエントリーした中で、今回のペーパーレスプロジェクトは、特別賞になりました。一見すると地味な作業に、このような評価を頂けたのはうれしかったです。

鈴木:従業員へのアンケートで「コロナ禍でも、仕事を止めることなく遂行できたのは、このプロジェクトのおかげです」といったコメントを200件近くもらったときは、うれしくて涙が出ました。

コロナ禍もあり、ペーパーレス化への風向きが一気に変わったように思います。これからも、働き方改革や環境保護を意識したDX化の動きを、社内外に働きかけるアクションに取り組みたいですね。

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