フィンランド大使館のレーッタ・プロンタカネンさん(大使館提供)

フィンランド大使館のレーッタ・プロンタカネンさん(大使館提供)

「デジタル先進国」フィンランドのDX 在日大使館に聞く組織改革の進め方

「デジタル先進国」として知られるフィンランドは、税金や医療などあらゆる個人情報が、デジタルトランスフォーメーション(DX)で一元管理され、民間企業のDXでも先頭を走っています。フィンランド大使館で報道・文化担当参事官を務めるレーッタ・プロンタカネンさんに、同国でDXが進化した歴史と背景、日本企業がDXによる組織改革を進めるために必要なポイントを聞きました。

【レーッタ・プロンタカネンさんのプロフィール】
戦争研究の修士号を取得後、危機管理や平和構築の報道や広報に携わり、2020年10月から現職。来日前は、ヘルシンキのフィンランド外務省コミュニケーション部で、西欧とアジア全体を担当。

フィンランドでDXが進んだ理由

——フィンランドが、公共サービスのDXを進めた理由と背景を教えて下さい。

フィンランドのDXの歴史は古く、1960年代には国民データのデジタル化に取り組むため、個人識別番号が導入されました。それが長い年月をかけて進化し、現在では社会保障、税金、医療などのあらゆる個人情報とひもづけられ、人々の生活により良い影響をもたらしました。

幸い、フィンランド人は常にアーリーアダプターで、新しいツールやサービスを、好奇心旺盛に試す傾向にあります。こうした背景から、DXが積極的に推進されてきました。

例えば、国民からは、行政機関でオンライン手続きを進めて行列に並ぶ時間を省きたいといった、より良い公共サービスの要望があり、国もそれを望んでいたために改革に乗り出しました。企業においては、仕事の効率を高めて生産性を上げるため、常にDXの進化が求められています。

——日本にはない公共サービスでのDXで、代表的なものは何でしょうか。

医療サービスにおけるDXです。医療記録が載った電子カルテが個人識別番号で一元管理されており、初めて行く病院でも、個人情報を記入したり、病歴や常備薬を説明したりする必要がありません。

処方箋もオンラインで管理され、印刷された紙を薬局に持参することもありません。新型コロナワクチンの接種証明書も、オンラインで発行されています。

DXサポートを手厚く

——フィンランドのDXで、ボトルネックになったことはありましたか。

フィンランドのデジタルサービスは、60年代からじっくりと時間をかけて導入したため、国民は比較的スムーズにDXに適応できました。教育システムの充実で、国民のデジタルリテラシーが高いことも、DXを後押ししています。

しかしながら、必ずしも国民全員が同レベルのデジタルスキルを持っているわけではありません。誰もが平等にDXの恩恵を受けられるよう、特に高齢者のデジタルスキルに関するサポートに、力を入れました。

フィンランドでは高齢者がデジタルサービスを使えるよう、サポートしています  (c)City of Helsinki, Maija Astikainen

フィンランドでは高齢者がデジタルサービスを使えるよう、サポートしています  (c)City of Helsinki, Maija Astikainen

例えば、銀行が幅広いインターネットバンキングの提供を始めた際、サービスを利用するための支援を行いました。

また、多くのNGOが高齢者のためのデジタル支援を手がけていますし、自宅にコンピューターが無い人も図書館でコンピューターを利用して、デジタルのサポートを受けられる仕組みもあります。

会社設立の手続きもオンラインで

——フィンランドでは、ベンチャー企業が続々と生まれています。DXの推進が背景にあるのでしょうか。

携帯電話市場の基礎を作った1990年代のノキアブームのおかげで、フィンランドには技術的なノウハウや専門知識がたくさんあります。2014年にノキアが携帯部門を売却した後、優秀な元社員によるベンチャー企業が次々と生まれました。

また、ITに関する知識を幅広く学べる教育システムも、若年層にインスピレーションを与えています。

北欧最大級のスタートアップイベント「Slush」 (c) Reetta Purontakanen

北欧最大級のスタートアップイベント「Slush」 (c) Reetta Purontakanen

新しいテクノロジーへの期待感は、毎年秋~冬、ヘルシンキで開催される北欧最大級のスタートアップイベント「Slush」の盛り上がりにも現れています。スタートアップ企業が最新のテクノロジーやビジネスアイデアを投資家に説明し、次々と資金を調達しています。

会社設立に関する手続きも、DXで容易になりました。特許庁、税務署、市役所などでの手続きは全てオンラインで完結します。

ユーザーフレンドリーのシステム設計

——日本のバックオフィス部門は、紙による契約書や書類の決裁が少なくなく、テレワークやDXが進まない一因となっています。フィンランドでは、このような課題を、どうやって解決しているのでしょうか

フィンランドのDXは長い年月をかけて進められてきたため、変化が緩やかで、その分大きな抵抗がなかったのかもしれません。

そして何より、システム自体が優れたものであることが重要です。フィンランドでシステムを開発する際は、ユーザーフレンドリーで、顧客サービスの観点から設計する必要があります。

ユーザーが、初めて利用した時から使い勝手が良く、利用することでメリットを感じられるものでなければいけません。生活をより複雑にしたり、使いにくかったりするサービスは利用しないでしょう。

組織内の情報は平等に共有

——日本では、テレワークの推進に課題を抱える企業が少なくありません。フィンランドでは、テレワークやDXを進めるための組織マネジメントを、どのように心がけているのでしょうか

必要に応じて、組織内の誰とでも直接話ができるフラットな環境作りをしています。組織のヒエラルキーがないことで、コミュニケーションの壁が低くなり、迅速かつ的確な問題解決へとつながります。

情報を権力の道具として使ってはならず、透明性がカギになります。機密事項で無い限り、組織内の情報は平等に共有します。これらの考え方は、DXの推進においても、重要ではないでしょうか。

細かい意思決定は各担当者に権限が委任されているため、上司はより大きな問題に専念できます。例えば、コロナ禍で在宅勤務を始めるという決定を下すのに、何重もの承認プロセスは不要です。単にラインのマネジャーが「やっていいよ」と言えばいいのです。

フィンランドはタブレットを使った顧客サービスが浸透しています  (c)City of Helsinki, Jussi Hellsten

フィンランドはタブレットを使った顧客サービスが浸透しています (c)City of Helsinki, Jussi Hellsten

——フィンランドの企業では、従業員のデジタルスキルをどのように高めていますか。また、国が行っている支援はどのようなものでしょうか。

フィンランドでは、充実した教育システムに加え、学びたいと思えば誰もが平等に機会を得られるという仕組みがあります。

学校など、あらゆるレベルでDXのトレーニングを提供しており、表計算ソフトの使い方や、コーディングの基礎なども学べます。これには、「誰も置き去りにしたくない」という考えが、根底にあります。

ヘルシンキ大学とIT企業が開発したオンラインコースでは、人工知能(AI)に関する知識が、全て無料で学べます。

また、フィンランドでは、DXや語学から、自転車の修理方法に至るまで、あらゆることを学べる市民教育センターもあります。自治体からの補助金があるので、無料だったり、2千円程度のわずかな受講料だったり、非常に手ごろです。

Helsinki Education Weekでロボットについて学ぶ参加者たち (c)City of Helsinki, Maija Astikainen

Helsinki Education Weekでロボットについて学ぶ参加者たち (c)City of Helsinki, Maija Astikainen

コロナ禍がもたらした意識改革

——新型コロナウイルスの感染拡大で、フィンランドの企業のDXはどのように進化しましたか。

フィンランドは2020年1月、従業員が自身の判断で、働く場所と時間を柔軟に決められる新しい法律を施行しました。また、その以前からテレワークに関するデジタルツールも充実していました。

こうした基盤があったため、新型コロナウイルスの感染が拡大した際も、テレワーク化やデジタル化を急加速させることができました。コロナ禍はあらゆる仕事に関して、「これは対面で行わなければならない」という先入観を取り払ったのです。

新しいに挑戦する心構えを

——日本企業のDXの現状については、どのように感じていますか。

日本には、ロボットや人工知能の活用など、世界をリードするデジタル技術があります。一方、中小企業や公共部門においては、これらの技術が最大限に活用されていないようにも思えます。

DXが進むことで、時間を効率的に使うことができれば、重要な仕事に力を入れたり、大切な友人や家族との時間を長く過ごしたりできるのです。

——企業内、特にバックオフィス部門のDXを進めるために、経営者に求められることは何でしょうか。

私は日本の企業経営の専門家ではないので、フィンランドの経験に基づきますが、今必要なのは、新しいに挑戦する心構えではないでしょうか。

失敗を恐れず新しいことに挑戦し、失敗を次に生かす。同時に、既存のやり方を手放すことも必要だと考えています。

紙とオンラインの両方で二重の仕事を生み出さないことが必要です。また、デジタルネイティブと呼ばれる若年層に、そのスキルを生かせる活躍の場を提供するのも求められていると考えています。

リーダー自らデジタルツールを活用

——フィンランドの経営者は、DXを推進するために、どの様なリーダーシップを発揮していますか。

優れたリーダーは手本を示すものです。古い方法に固執して、部下にだけ新しいサービスを使うように指示するようなことはありません。社員にデジタルツールを使わせたいなら、まずは自分で使うしかないのです。

例えば、省庁では、タイムキーピングソフトを導入していますが、これは文字通り「全員」が使用します。部門長であっても、秘書が代理で作業をすることはありません。

フィンランドの若き女性リーダーであるサンナ・マリン首相は、自らの発言をソーシャルメディアで積極的に発信しています。リーダー自身がデジタルツールを使いこなす姿を見せることが重要なのです。

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