現場の自由な発想を引き出すDXとは ワークマンを躍進させた「草の根データ分析」
作業服大手のワークマンは、10年連続で過去最高益という躍進を続けています。その背景には、社員一人ひとりがエクセルを通じたデータ分析を行い最適な品ぞろえにつなげる「エクセル経営」の成功がありました。高度なAIなどに頼らず、どのように改革を進めたのか。推進役となった同社の土屋哲雄・専務取締役に話を聞きました。
【プロフィール】
土屋 哲雄(つちや・てつお)さん
東京大学経済学部卒。三井物産入社後、海外留学を経て三井物産デジタル社長に就任。本社経営企画室次長、三井情報取締役を経て、2012年ワークマンに入社。19年現職。18年に新業態店「WORKMAN Plus」を仕掛けて大ヒットさせる。20年には女性目線の「#ワークマン女子」店を立ち上げ、10年で400店舗の出店をめざしている。著書に『ワークマン式「しない経営」』(ダイヤモンド社)。「ホワイトフランチャイズ ワークマンのノルマ・残業なしでも年収1000万円以上稼がせる仕組み」(KADOKAWA)。
アナログな会計・在庫管理に感じた危機感
——土屋さんは三井物産など30年以上の商社勤務を経て、2012年にワークマンに入社しました。なぜ改革が必要と思われたのでしょうか。
当時入社してびっくりしたのは、約700あった店舗で在庫の数量データがなかったことです。金額データも、年一回、棚卸しのときに売れた分だけ引いて仕入れた分だけ足していくという原始的な会計処理でした。まさかこの時代に在庫に何があるかわからない状態とは思わなかった。店舗に売れ筋があるかどうかも、SV(スーパーバイザー)が店舗を回って、直接棚を見て数量を数えていました。
すごい人海戦術だなと感心はしました。ただこれだと、いままでやってきた作業服の分野なら良くても、他の分野に業態を広げた場合とても追いつけない。30年以上作業服の分野でやってきて、もう隅々まで深掘りしてきた会社ですから、この分野ではこれ以上市場を取れないわけですよ。飽和に近いのに何もしていないと。
土屋哲雄・専務取締役(写真はすべてワークマン提供)
——そうした状況をどう変えようとしたのでしょうか。
ビジネス的な側面としては、知見のない新業態に進出するにあたって、もっとデータを活用した経営が必要と考えました。
加えて会社の文化も変えたいと思いました。ワークマンは一見地味ながら、一つの分野を深掘りしたすごい会社です。でも、下の人が上の顔色を見て忖度する会社でした。有能な人に言われたことさえやればいいんだという、上意下達の会社だったんですね。
変化の時代にそのままでは、どっちの業態に進んでも負けてしまう。第二の創業に備えて、トップダウンでなく社員みんなが、現場でどんなトレンドがあるかを発見して実験できるようにする必要がありました。今はコロナで消費も変わってきていますよね。そういうものを見極め、絶えず最新のトレンドを追いかけられるようにしたい。時代に取り残されないために、エクセル経営の導入にふみきりました。
エクセルで「衆知を集める」
——エクセル経営とは、あらためてどのようなものでしょうか。
目指したのは、全社員一人ひとりが自分でデータを仮説検証する企業風土です。私は「衆知を集める経営」と呼んでいます。社員が自走して衆知が集まるようにするため、エクセルを使った販売動向の分析などをうながすのです。具体的には全社員の35%が、それぞれの現場にあわせた分析ツールをエクセルで作れるようにし、全社員が分析されたデータを活用できる状態を目標にしています。2012年から社内でのエクセル研修をはじめ、2014年には会社の「中期業態変革ビジョン」でエクセル経営を打ち出し、経営側の本気度を示しました。
——現場でどのようにエクセルを活用するのでしょうか。
たとえば、店舗での発注作業に役立つ「機会ロス製品発見ツール」といったものが社員の手で生まれました。そのエクセルに店の番号をいれると、周りの店で売れているのにその店だけ入荷していない売れ筋製品が上位60まで表示されるんです。その売れ筋があれば本来どのくらい売れたはずかという、機会損失まで出てくる。店長はそのツールを使って、品ぞろえを改善します。本来、SVが個別に店を回っておこなっていた仕事が、一気に効率化されました。
あとはカニバリ(共食い)発見ツールも生まれました。特定の商品のコードをいれると、その商品と顧客層がかぶってロスになっている製品が出てくるものです。
こうしたツールは、社員が日々の仕事のなかで感じた「こんなことがわかればいいのに」といった問題意識などから生まれてきます。販売のほか、製品開発や出荷計画など様々な分野で自発的に分析ツールが作られており、その数は200ほどになっています。様々な分析ツールのうち、優れたものは全社で共有します。
現場から自由な発想が生まれる
——こうしたツールの作成はどのくらいの訓練でできるものなんでしょうか。
1日みっちりかけたエクセル研修を月に1度、6カ月かけて計6回やります。1、2回は座学で、縦横の表計算から始めます。関数とピボットテーブル、マクロは全社員が使えるようにします。研修の3回目以降は、自分の業務で気になっている課題をエクセル使って分析させます。
エクセル研修の様子
さきほどの機会ロス製品発見ツールは、それまでエクセルを触ったことのない、もともとイケイケのSVだった人が6回目の研修で作ってきました。使う機能はそんなに多くはなく、ピボットテーブルと関数の組み合わせぐらいで作っちゃったんです。
——エクセルのよさはどんなところにありますか。
自分の頭で考えるようになることですね。使い勝手がよくて、いろいろな関数を使って簡単に仮説検証ができますから。会社のデータベースだけだと定型しかないし、汎用性がない。AIも便利ですが、結果が出るまでのプロセスがブラックボックスになっていて、微調整がききません。現場での仮説検証のために、エクセルで分析ツールを作るところからやると、頭の働きが固定化されず、自由な切り口の分析で新しい発想が生まれます。奥が深い草の根分析ツールだと思います。
文化浸透は「わからないように小出しに」
——社内の雰囲気はどう変わりましたか。
エクセル経営が浸透してからは、データで客観的に議論ができるようになりました。あなたが悪いんじゃなくて、あなたが取ってきたデータが悪いとか。分析の仕方はそうじゃなくて、こういうやり方もあるとか。そうすると上も下もなくみんなでワイワイ話せる。だからエクセル経営は、上意下達でなく、客観的で平等にコミュニケーションするためのツールでもあるんです。ワイワイ議論する会社って絶対いい会社ですからね。
——社内でどのように浸透させていったんでしょうか。
それまでと全く逆の文化を急に広めたら拒否反応が出ると思い、わからないよう少しずつ小出しにしていきました。それで5、6年たったらまったく文化が変わっていた。
たとえば、幹部についても降格人事をせず、定年などで入れ替わるのを少しずつ待ちました。上になった人はもう降ろさないけども、新しくあがる人にはデータ活用力を条件にした。いまは全員がデータ活用力のある幹部です。
評価の基準もかなり変えました。昔はコミュニケーション能力、はっきり言うと上の言うことをどれだけ忖度して下に伝えるか、という能力が重視されていた。今は忖度じゃなくて、データ活用力と改革力がないと部長にはしないとなっています。
とはいえ、プレッシャーをかけないことも大事です。あまりあからさまに「データ活用ができなきゃ上にいけない」とか言っちゃだめで。データ分析の研修後にテストをするんですが、それも平均で90点をとれるくらいの難易度にしています。そうするとみんな自分が得意だと思えて、データ活用に脅威を感じなくなるわけです。
新業態進出の原動力に
——2018年にはついに新業態に進出し、アウトドア向けウェアを扱う「WORKMAN Plus(ワークマンプラス)」の展開を始めました。エクセル経営はどう生きましたか。
新業態では、やっぱりなにを品ぞろえするのかがいちばん重要でした。需要予測がいちばんの情報だと。そのために、この店は新しい業態であるアウトドア製品を買う一般客が強いのか、あるいは工事現場用などの服を買う作業客がまだ強いのか、エクセルを使って分析しました。
作業客が絶対買わない製品と、一般客が絶対買わない製品を指数にして、比較するんです。それで一般客が強いとわかれば、その店には一般客向けの新製品をほとんど全部入れる。それでまた売り上げを見て、その仮説が正しいかどうか、また検証する。そうやって日々、適切な需要予測と品ぞろえができるよう改善を続けています。社員が調べたいと思ったデータを調べるためにツールを作ったりして、草の根の分析がどんどんできるようになりました。新しい事業には全く向いていない会社だったのが、だんだん考える会社になりましたね。
——ワークマンプラスは、店舗数も大幅に拡大していますね。
予想以上の早さで進みました。私はワークマンプラスを始めてから3年で50店舗やれればいいだろうと思っていたんですが、(ワークマンから業態転換した店も含めて)300店舗以上になっています。すごい瞬発力ですよね。1号店のデータを2カ月で分析して、それを2号店におとしこんで、っていう改善改革をどんどんやっていったんです。みんながデータ分析できるから、自走型でどんどん増殖していきました。エクセルをみんなが草の根で使って、自分の頭で考えて会社に提案できるのが、うちの原動力になっています。
——約10年で、エクセル経営の効果がかなり出てきていると思います。目標の到達度でいうとどのくらいですか。
それでもまだ、3~4割ぐらいでしょうか。私は、社員の能力の限界が企業の成長の限界だと思っています。だからこそ、5年、10年と時間はかかってもいいので、100年の競争優位のために手厚く教育していきたいですね。