経理DXの進化で企業に「経営参謀」を VUCA時代を勝ち抜く意識変革
経理部門のデジタルトランスフォーメーション(DX)に求められるのは、業務効率化だけではありません。オペレーションの自動化を進め、経営に資する将来予測情報をタイムリーに提供することにリソースを割くようにするのが目的です。一般社団法人日本CFO協会主任研究委員の日下部淳さんにインタビューし、外資系の大手保険会社で経理業務プロセスの変革を手がけた経験をもとに、経理部門のDXを加速させるポイントを伺いました。
【プロフィール】
日下部 淳(くさかべ・あつし)さん
一般社団法人日本CFO協会主任研究委員・PwCコンサルティング合同会社金融サービス事業部ディレクター・上智大学非常勤講師。米国公認会計士(US CPA)と公認内部監査人(CIA)の資格も保有。前職の外資系大手保険会社では社長付部長、経理部部長やコーポレートIT室長などを歴任し、グローバル会計システムの構築などにも貢献した。
ペーパーレスをDXとは言わない
——経理にDXを導入する際に必要な心構えは何でしょうか。
DXとは本来、デジタルを活用してビジネスモデルを変革することを指します。
例えば、請求書や領収書の単なる電子化やペーパーレス化をDXとは言いません。物理的な保管スペースが無くなったのはメリットですが、それは単にアナログのものを電子化しているだけです。つまり、A2D(Analog to Digital)に過ぎません。
前職で経費精算システムの導入を担当していた時 、電子帳簿保存法で求められる要件を満たすために、領収書や請求書を電子化するのではなく、上流の調達購買プロセスからデジタル化した方が良いと考えました。経理部門の人たちはもっと上流からプロセスに関わることで、D2D (Digital to Digital)でデータをフローさせることができます。
そして、売り手側、買い手側に共通する調達購買プラットフォームを活用することで、紙の授受そのものをなくし、全体として業務プロセスのデジタル化を可能にしました。
DXにつなげるための一歩は「デジタライゼーション」。つまり、デジタルをデジタルのままつなげることが重要です。デジタルで従来の業務のやり方を変えるところまで考えないと、意味がありません。
オペレーションはテクノロジーで自動化
——経理にDXを導入するメリットは何でしょうか。
経理部門の業務は大きく二つに分類できると思います。
一つは「勘定科目に沿った月々の処理などルールにのっとってこなすオペレーション(会計処理業務)」、もう一つは、様々な経営情報や会計データの分析から導かれた知見を経営側に共有する「経営に対するインプット」です。
定例業務・非付加価値業務と言われる前者のオペレーションは、極力テクノロジーを使うべきです。テクノロジーでできることは人がやる必要がないからです。
そして、テクノロジーの利用で浮いた時間を、経営に対するインプットに充てることが大切になります。客観的なデータに、テクノロジーを駆使した収支予測、将来予測、シナリオ分析などを加えたものから導かれたインサイトやアクションを経営にインプットし、人が責任を持って判断・実行していきます。
企業にとっては、ここでいう非定例業務・付加価値業務と言われる領域に人的リソースを投入する方が、メリットは大きいでしょう。なぜなら経営戦略と直結し、企業の競争力の源泉につながるからです。
DXで「複業」が可能に
——経理DXによってそのような流れが進めば、働き方にも変革をもたらすことになるのでしょうか。
人口減少社会で、将来的に今よりも人手不足になることは必至です。一方で健康寿命は伸びており、60歳をキャリアの終わりに設定することも適切とは言えません。その両方を考えると、一つの会社の一つのセクションに所属して、キャリアの最後までその仕事だけをする、という考え方は今や時代遅れなのかもしれません。
「副業」ではなく「複業」をする姿勢が必要ではないでしょうか。そうなった場合、人がやらなくてもいい業務はできるだけテクノロジーに委ねるべきでしょう。
経理のDXを例に挙げると、オペレーションは属人的な役割を残さずできるだけシンプルにして自動化させる。そして、自動化された業務モデルを共有できる状況を作り活用できれば、節約できた時間を他の業務に充てられます。
そうなれば、個人が複数の組織で能力を発揮する機会を増大させ、結果的には日本社会全体を支えることにつながります。このような状態を作り出すことができれば、個人にとってだけでなく、所属企業、社会全体に良い影響をもたらす「三方良し」となるのではないでしょうか。
変えてはならないプロセスはない
——では、経理のDXをどのように推進すべきでしょうか。
心構えとして、自社固有の業務プロセスやシステムなどでは「個性」に執着しないことでしょう。これらは、ビジネスの競争力の源泉にはならないからです。
つまり、DXを推進するには環境変化とともに常に変えていく、変わっていくという視点を持つべきです。経理業務のプロセスに変えてはならないものなどありません。
——プロセスを変えていく際に重要なポイントは何でしょうか。
変革を起こす際には、多くの人たちが関係してきますので、「Change Management」が、そしてその変革をリードする際の当事者の覚悟が大切になります。
人は変わることに抵抗があるものですが、目的に立ち返れば従来の方法を取るのか、新しい方法を取るのか、丁寧に説いていくことでおのずと答えは導かれるはずです。
前職時代の18年前の話ですが、各支社に設置していた小口現金を振り込みに変更するとともに新システムを導入したところ、最初は現場の反発がありました。しかし、新しい運用が始まって3カ月もすると慣れてしまうものです。みんなそんなものかと、批判もなくなりました。
業務改革をする時には「何のためにその業務をやっているのか」というところまで立ち返ることが必要です。
私自身は「その仕事は何のためにやっているのか」をいつも考えるだけでなく、「いかに楽をして同じかそれ以上の成果を上げるか」、「そのためなら別の方法でできるはず」、そして「どうやったらできるか」ということをいつも考えていました。
エコシステムの利用でDX推進
——各企業がDXを推進するためにシステムを導入する際、どのような視点を持つべきでしょうか。
まず、自社のビジネスが国内だけなのか、海外展開しているのかを考えましょう。海外展開している場合、自社に適用される国内外の会計基準を確認した上で、複数帳簿や複数通貨、複数カレンダーなどをハンドリングできる仕組みが必要になってきます。
そして、システム導入でも業務プロセスと同様に「我が社のビジネスは特殊なので自社開発しかありえない」という発想を捨てることです。
経費管理、勤怠管理、給与計算など、バックオフィスシステムにはすでにエコシステムとして定着している優れたものがたくさんあります。
バックオフィスのオペレーションは基本的にどの会社も同じです。そのため、業務変革には既存のエコシステムの活用を念頭に置いた方がいいかもしれません。
——「既にあるものを選ぶ」という姿勢で良いのですね。
エコシステムを使わない場合、自社の資産としてインフラからアプリケーションまで持たなくてはならず、定期的なシステムアップデートをはじめ、新たな技術に内部リソースが追いつかない場合もあります。日々脅威を増す、サイバーセキュリティー上の不安もぬぐえません。
それならば、常に機能のアップが期待でき、法改正などにも適宜対応し、なおかつ最新のセキュリティー状態が保たれている既存のクラウドサービスを使った方が、安心ではないでしょうか。
確かに、クラウドサービスは自社で開発するよりも値段が高くなるとも言われますが、機能やセキュリティーのアップデート、関与する人材の育成を含めたトータルの運用コストを考えると、決して高いものではないと思います。
——では、システムを選ぶ際のポイントは何でしょうか。
様々な外部サービスと連携しているとメリットになります。クレジットカード会社の情報との連動が可能なら入力の手間は省けますし、電子帳簿保存法に対応した機能があれば、原則として領収書や請求書の受領や保存が不要となります。
コネクテッドエコシステムの一環として機能しているか、つまり他のサービスとの連携や法制度への準拠ができているのかが、システムを選ぶ上で重要ではないでしょうか。
経理担当に求められる役割
——これからの経理担当者に求められる役割とは。
日本には経理担当役員はいるけど、いわゆる海外でいうCFO(Chief Financial Officer)はいないと言われています。
つまり、経理に関するオペレーションはきっちり実行できても、ビジネスを語ることができ、経営に対するインプットまで担える人材が不足しているということです。
環境変化の激しい時代にあっては、過去の実績データよりも将来予測データの方が経営に資する情報となります。つまり、経営者は過去の姿よりも今後どうなるのかについて知りたいのです。
経理部門のトップであるCFOは「経営参謀」としてCEOと共にビジネス変革をリードしていく存在となるべきです。経営陣や各ビジネスユニットに対しても、ビジネスに対する示唆や、不確実な中で取り得る適切なリスクを踏まえた投資の意思決定や撤退の基準などを示す必要もあります。
コアビジネスの変革を支える存在に
——経理に限らず、バックオフィス部門の人材が持つべき心構えとはどのようなものでしょうか。
「*VUCA」と呼ばれる時代において、どの企業も常にビジネスモデルの変革を意識しなければならない時期に直面しています。
(*変動、不確実、複雑、曖昧を意味する英単語の頭文字を取り、不透明な時代を意味する言葉)
バックオフィス部門もコアビジネスのビジネスモデル変革を支援する役割を負う、ビジネスパートナーへと変わる必要があります。フロントオフィスのビジネスパートナーとして専門的な知見を提供し「バックオフィスがいるから安心してビジネスができる、チャレンジできる」といわれるぐらいの気概を持つべきでしょう。
バックオフィス系の人材は「守りの要」という役割を課せられているせいか、フロントオフィスに「これをやってください」、「これはやらなければいけない」と人に依存するプロセスを求める人が多い印象です。
しかし本来、バックオフィスの仕事の姿勢は、会社としてやらなければいけないことを、いかに現場に負荷をかけない形で実行するかを考えることにほかなりません。
その上でバックオフィス部門もコアビジネスのビジネスモデル変革を支援する役割を負うべきです。
「目的を達成するためにどうやればできるか」という視点に立てば、変えてはいけないものはないはずです。会社をより良いものにするために、「何のためにその業務をやっているのか」を常に考え続けることが大切ではないでしょうか。