KDDIが攻めのDXを推進 システム刷新とESGの数値化で開く未来

KDDIが攻めのDXを推進 システム刷新とESGの数値化で開く未来

通信大手KDDIは、新しい会計システムを導入するなどのデジタルトランスフォーメーション(DX)や、投資家向けに非財務のESG(環境・社会・ガバナンス)指標を数値化して話題を呼んでいます。これからのバックオフィス部門に求められる攻めの役割について、同社執行役員の最勝寺奈苗さん(コーポレート統括本部副統括本部長 兼 サステナビリティ経営推進本部長)に伺いました。

最勝寺奈苗(さいしょうじ・ななえ)さん

【プロフィール】

最勝寺奈苗(さいしょうじ・ななえ)さん

1988年、第二電電(現KDDI)に入社。日本イリジウム出向、KDDIの渉外・広報本部IR室長、経営管理本部財務・経理部長、経営管理本部長などを歴任し、2022年4月からコーポレート統括本部副統括本部長 兼 サステナビリティ経営推進本部長。

分析の強化が付加価値に

——財務・経理部門のDXをどのように広めていきましたか。

社内変革には、変化し続けないと経営の高度化に乗り遅れるという危機感が必要です。守るべきものは守りながら、時代に合わせて手法を変えないと競争に勝てない。それは事業部門だけでなく、財務・会計業務を含むバックオフィス部門も同じだと思います。変えるための手段として行き着いたのがDXになります。

財務・経理で言えば、DXによってオペレーションから付加価値の創出へと業務内容が変化する中、キャッシュフローも含めたBS(貸借対照表)の強化を進めました。PL(損益計算書)は全部門で強い管理をしていますが、BSの最終責任は経理部門で負っています。

——具体的には、どのように財務面の課題解決を図りましたか。

デジタル化が進んでデータが取れるようになると、分析の強化が付加価値になります。財務分析の過程で、売掛金を回収するまでの期間にあたるキャッシュコンバージョンサイクル(CCC)が他社と比べて長く、改善の余地があることが分かりました。

CCCの早期化によるキャッシュフローの改善が、2019、20年度の全社的な重点KPIになり、プロジェクトも発足させてCCCの改善などに取り組みました。

キャッシュフローの改善で金額的にインパクトが大きかったのは、(携帯電話加入者など)お客様向けのクレジットカード債権の流動化になります。子会社のauフィナンシャルホールディングスを中心に進めました。

会計システムを自前からパッケージに

——財務基盤を強化するにあたり、DXをどのように進めましたか。

我々がDXに取り組んだのは「このままでは経営の高度化に乗り遅れる」という危機感からです。プロセスやシステム、人や組織に課題があると認識していました。

2014年ごろから会計システム刷新の構想が始まりました。財務会計部門の業務診断を始めて、翌15年末にプロジェクトが正式に立ち上がりました。17年5月から開発が始まり、2年間かけてメインの会計システムを抜本的に見直し、19年4月に新しい会計システム「WARP」に入れ替えました。

これまでのスクラッチ開発したシステムから脱却し、(外部ベンダーの既製品を利用した)ERPパッケージに切り替えたのです。パッケージといっても、会計の基幹システムなので、上流のインターフェースまで含めると開発費は巨額になりました。

——自前のシステムにどんな課題があったのでしょうか。

制度や自社のサービスが変わるたび、財務・経理部門でもシステムを直す必要が生じます。開発までに一時的な手作業が発生する上に、時間と費用がかかる改修に見合わない案件が増えて、結局事業部も経理部門も手作業で行う業務が多くなってしまったという課題がありました。

新しい会計システムの開発においては、購買システムの開発も同時に行い、情報システム本部と連携して進めました。パッケージシステムにはあまり手を加えないことをポリシーに、フィット率85%を目標にしました。パッケージに手を加えすぎると、結局、自前で融通がきかないシステムになります。我々のやり方を世界標準に変えるという形を取り、できるだけ手作業をなくす仕組みを作ってきました。

グループ内の業務集約化を目指す

——システムを刷新したことによる効果はいかがでしょうか。

システムのユーザビリティは、スクラッチ開発した以前のシステムの方が良かったかもしれません。しかし、従業員にはある程度慣れてもらうことが必要です。説明会を開いたり、事前に動画のマニュアルを用意したりしました。

機能的には様々な分析に使えるようにコード類を再整理しているので、後からデータを追いやすくなりました。

はじめはKDDIグループ(連結子会社159社、持分法適用関連会社38社)で100%同じシステムを入れる予定でした。ところが同じシステムを子会社に入れると子会社側が費用負担に耐えられません。今は子会社の業態と規模によってシステムを三つに分けて、順次入れ替えています。

いずれは分析に使うコード体系をグループで共通化したいです。例えば、取引先A社との取引がグループ全体でどのくらいの割合になるのかが、子会社に聞いて合算しなくても瞬時に分かる必要があると考えています。

システム導入と並行してコンサルティング会社の助言も得ながら、業務を廃止したりプロセスを簡素化したりしました。こちらも目標を上回る形で効率化の実績が出ています。

——業務効率化が一層進んだということでしょうか。

その通りです。しかし、システムを入れて終わりということでは、じきに業務は肥大化していきます。オペレーション業務を抱える中で、常に業務とシステムをリフレッシュしてサポートしなければいけない。そこで経営管理本部にDX推進部という部署をつくり、ルーティン業務に煩わされず、業務とシステムをメンテナンスしてもらい、新しいツールも積極的に導入してきました。

また、子会社の経理業務の受託とシステム変更を順次行い、グループ最適を目指して変革を進めてもらいました。

DX推進部は22年4月、新設されたコーポレートシェアード本部に移管され、会計だけでなく購買も含めて、グループ子会社のシェアード業務を請け負う組織になりました。いずれは総務、人事も含めバックオフィス業務全体の集約化を図る方向です。

ESG指標の可視化を推進

——KDDIではESG(環境、社会、ガバナンスの三つ)を重視した経営につながる取り組みなど、非財務指標の可視化にも力を入れています。

IRの分野では投資家の関心がESGに移っています。20年1月のダボス会議で、株主至上主義からステークホルダー資本主義(株主だけでなく、従業員や取引先、地域、地球環境などすべての利害関係者への貢献をめざす考え方)への転換が提唱されました。コロナ禍もあって、ESGに関する外部からの要請が強まったように感じます。

我々もESGに関するデータの開示は行っていました。しかし、単に開示するだけでなく、具体的な取り組みやその効果を示さないと、投資家の皆様には納得していただけません。対応について悩んでいました。

そんな中、アビームコンサルティング社の「Digital ESG」という非財務指標を分析するサービスを知り、トライアル的に導入することに決めました。

——Digital ESGの分析に活用するため、社内で20を超える部署から215のESG指標をデータ化したと伺っています。

分析はアビーム社が行い、我々は全社に散らばる非財務情報を集める役割を担いました。今まで外部に開示していたデータに加え、今回はそれ以外の、例えば当社にとって好ましくないような非財務データも含めて、できるだけ多くの情報を集めました。

各部門からすると、出したくないデータや、集計に手間がかかったデータもあります。しかも分析するには10年分を集めないといけません。「こんなものまで集めるのですか」という反応もあったのですが、IRのスタッフが地道に取り組んで、部門の協力を得ながら収集しました。結構な力業でした。

数字で高まった納得感

——Digital ESGによる21年1月の分析結果では、KDDIのESG指標が企業価値を表すPBR(株価純資産倍率)の向上につながるという試算の例が示されました(下記図表参照)。

非財務情報の中では重要とされる人的資本、研究開発資本などで正の相関が出たのは予想の範囲かもしれません。ただ、数字で示されると納得しますよね。

例えば、女性の管理職や役員比率の向上は必ず問われるテーマですが、本当にそれが企業価値の向上につながるのか実証できないという課題がありました。今回、それが数字に現れたことで納得感が高まったと思います。

KDDIフィロソフィ勉強会も、時間をかけて、階層ごとに実施していますが、これも同様です。今回わずかながらPBRとのプラスの相関がみられ、我々としても続けてきたかいがありました。

正直我々も手探りでしたが、投資家の皆様からは「取り組もうという姿勢だけでも評価できる」と言っていただき、やってよかったと思います。

——Digital ESGの導入はバックオフィス部門の活動にとって推進力になりそうですか。

非財務の活動は数字による効果が測りにくいという意味では、我々バックオフィス部門も同じようなものです。自分たちの活動がどれだけ会社に寄与しているかが分かりませんでしたが、それを数字によって解析することで、企業価値向上との関係が目に見えるようになります。

PBRとのプラスの相関が出た部門に結果をフィードバックするとすごく喜ばれ、我々の活動は無駄ではないという気づきになりました。一方、負の相関が出た指標には改善の余地があります。

Digital ESGの活用を始めて2年ほどになります。今まではアビーム社に分析をお任せしていましたが、将来的には自走できるプランも考えてもらっています。

グループ全体で目指す効率化

——バックオフィス部門はこれまでコストセンターと見られがちでしたが、企業価値の向上につながる取り組みをリードしており、攻めのバックオフィスという印象を持ちました。

他社に先んじてDXを駆使してデータを分析し、高速で経営にフィードバックしていく攻めの活動は、事業部門もバックオフィス部門も同じです。Digital ESGもIRの開示を一歩進める活動だと考えています。

人事の領域になりますが、従業員のエンゲージメントサーベイも、デジタルで集約することで時間をかけず瞬時にできます

社員のメンタルケアについても、コーポレート部門で集約したデータを活用することで改善策が打てます。そういったところも攻めの活動なのだと思います。

——バックオフィス部門の役割は守りから攻めに変わっているとお考えでしょうか。

そう思います。攻めの役割を強化しないと取り残されるのは、経理・財務分野に限りません。総務、人事、購買というあらゆるバックオフィス業務が変わってきています。

また、これは会社単体でなくグループで進めるのが重要です。業態の違う企業を抱えたグループではハードルもありますが、そこをつなぐのがデジタルではないでしょうか。

——今後バックオフィス部門のDXをどのように進めていきますか。

いったん作ったシステムもいずれ陳腐化します。十何年に1回は大幅なテコ入れが必要です。グループ内で業務とシステムを集約し、横の連携を深めて効率化を目指します。

グループ会社の中には、人が潤沢にいないことで、業務が回らないこともしばしばありますが、それではグループ全体のガバナンスは維持できません。

子会社の負担を軽くし、かつ業務クオリティーを高めるためには、できるだけ本体でバックオフィス業務を巻き取っていく。会計だけでなく、総務、人事、購買、監査といった本体のコーポレートの専門部隊が、直接子会社に出向いて相談に応じるきめ細かいフォローが必要になると思っています。DXの推進は、そうした変革へのカギになるでしょう。

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