バックオフィス部門の人事戦略はDX時代にどう変わった? 人材業界のトップランナーが語る
HRソリューション企業「morich」の代表取締役・森本千賀子さんは、2000人以上の転職案件を成立させてきた人材業界のトップランナーです。ハイレベル人材の紹介に強みがあり、組織改革に悩むエグゼクティブからヘッドハンティングの相談相手として頼りにされてきました。DXが進展する流れのなかで、バックオフィス部門が求めている人材像とは——採用と育成という切り口から組織改革の深層を知る森本さんに話を聞きました。
【プロフィール】
株式会社morich 代表取締役All Rounder Agent 森本千賀子氏
1993年、現(株)リクルート入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサル~CxOクラスの採用支援を手がける。全社MVPのほか受賞歴は30回超。現在は、株式会社morich代表として、社外取締役、顧問、NPO理事などパラレルキャリアを体現。NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」「ガイアの夜明け」にも出演。各種メディアや著書の執筆、講演多数。
DXが進む現場 バックオフィス部門の環境変化
——バックオフィス部門の人材ニーズを取り巻く環境を、どのように分析していますか?
現状を読み解くうえで幅広い業務領域においてDXが急激に進んだ点が重要です。背景には新型コロナウイルスの流行で、三密回避を理由とする「テレワークの広がり」があります。
出社が抑制されるようになり、テレワークはもはや必須と言っても過言ではないでしょう。対面のコミュニケーションなど、従来のアナログな業務フローのままでは非常に非効率だという事が露呈されました。ビデオチャットなどコミュニケーションツールを取り入れるなど、デジタル要素を前提とした業務フローの再構築が模索されています。
DXが急激に進んだもう1つの要素が、労働生産性の向上です。少子高齢化の日本において生産労働人口の減少は避けて通れません。いかに一人当たりの生産性を上げていくか、どの組織においても大命題の経営課題です。業務をより効率的に遂行するには、RPAツールの導入など業務フローの一部をデジタルに置き換えるなど、抜本的な改革による生産性向上が必須です。
ちなみに、テレワークやITツールを活用した生産性向上は、働き方改革の文脈で、コロナ禍より前から求められてきました。ただ、慣れ親しんだやり方を変えることには組織内の抵抗勢力に阻まれ、アナログで複雑な業務フローがあまた残されてきました。しかし、新型コロナウイルスの流行をきっかけとして、改革を一気に推し進める機運が生まれています。
「経営視点」がバックオフィス部門の新たなキーワードになる
DXが急激に進んでいるバックオフィス部門では、どのような人材が求められているのでしょうか?
従来のバックオフィス部門では、採用にあたって既存のタスクに対する適性が重視されていました。粛々と業務を引き継ぐことのできる人材ということです。しかし、現在では「経営視点」がバックオフィス部門の人材に求められています。呼称を「コーポレート部門」に変更するなど、根本的な意識改革を進める企業も少なくありません。
変化の理由の一つが、DX推進には業務の生産性が損なわれている原因を特定し、デジタルの要素をふまえて仕組みレベルで事業のあるべき姿を描いていく——といった高度な問題解決能力が求められる点にあります。
もう1つの理由が、「人的資本経営」の広がりです。人的資本経営とは、人材など人的資本を重視する経営スタイルで、欧米を発信源として世界に普及してきました。最近では、日本政府も日本企業の人的資本経営の後押しに動き始めました。
人的資本経営では、企業価値向上の施策として人材に対する投資が重要です。DXは1人あたりの生産性が飛躍的に高めることができるので、有望な人的投資というわけです。そのため、経営課題の一部としてDXが取り沙汰されており、その推進役にあたるバックオフィス部門には経営層が期待を寄せるようになりました。
企業によっては経営層がバックオフィス部門に意見を求めるシーンも少なくありません。経営視点を備えたDXの推進役——DX人材が、現在のバックオフィス部門で求められている人物像というわけです。
「採用と育成」DX人材の確保に立ちはだかるハードルとは?
——DX人材の確保に向けて、おさえておくべき重要な視点について教えてください。
外部から人材を迎え入れる「採用」と、内部の人材にスポットを当てる「育成」では必要な視点が異なります。まず、一見効果が目に見えやすい施策として見られがちな「採用」について考えてみましょう。
確かに、採用によるDX人材の確保は、問題解決としてはスピード感に優れているのですが、採用コストが膨らみがちな点には注意が必要です。その理由は、実績を持つ人材の希少性にあります。DXは改革の打ち手として成熟していないため、経験者の多くがコンサルティングファームなどの出身者です。希少な人材が給与水準の高い業界に集中しているため、ヘッドハンティングをしようにもかなりの好待遇を提示する必要があるというわけです。
もう1つDX人材の採用と同時並行で、IT環境の整備を進める必要があります。例えば、業務フローの課題分析に必要な業務データがそろっていないと、高額報酬の人材たちがデータ入力など単純作業に従事する羽目になります。このような残念な事態は実はよくあるパターンなので注意してください。
ただ、アナログな業務フローが横行してきた企業にとっては、IT環境の整備からDX人材に頼りたいというのが本音かもしれません。その場合、「DX推進室」といった社長直轄の部署の立ち上げが、DXの着手点としてセオリーになりつつあります。予算・権限・裁量の3点セットを備えたDX推進室が、一歩引いた視点でグランドデザインを描く一方で、現場と深く関わりながらDXを推進していくというイメージです。
——DX人材の採用には様々なハードルがあるとわかりました。では、社内の人材育成によるDX人材の確保について、どのようにお考えでしょうか?
時間はかかるものの堅実な一手だと思います。最近では、アナログな業務に従事してきた人材に、DXの推進役としての資質を磨いてもらうため「リスキリング」と呼ばれる再教育が盛んになりました。テレワークでもスキルアップに取り組めるように、各社独自の学習プラットフォームが立ち上げられています。
ITツールの導入や運用に携わる人材を社内調達できるようになれば、DX推進の前提となるIT環境の整備を円滑に進められます。畑違いの人材であったとしても、リスキリングを経ればDXの実行部隊として有望というわけです。DX人材確保に向けたリスキリングは、あらゆる部署に門戸を広げると意外な逸材が見つかるかもしれません。
注目される新たな人材確保の道「業務委託」
DX人材確保の“第三の道”として注目されているのが「業務委託」です。副業解禁の流れのなかで、DX人材確保に向けた施策としての存在感が増してきました。
理由の1つが、人的コストの低減を図れる点にあります。業務委託では限られた場面でのみ活躍が期待されるため、正規採用に比べるとコストを抑えることができます。また、受託側としても、転職に比べれば副業のほうがハードルを低く感じられるようです。
ただ、業務委託では採用のとき以上に、受け入れ環境の整備に手間がかかると思ってください。業務委託で働く人材は、フルタイムで働くわけではないため具体的に案件を依頼しないと業務に着手することができません。柔軟性に欠ける点は、社内でカバーする必要があります。
昨今では副業人材のマッチングプラットフォームが増加しているものの、業務委託による人材活用になじみのない会社にとっては、重要な改革の担い手として社内のことをよく理解できていない人に頼ることに不安を感じることも少なくないのではないでしょうか。その場合、社内の従業員にリファーラル採用の一環で副業人材の紹介を依頼すると、意外な出会いに恵まれるケースも多いようです。
「業務知識を深めること」がDX人材としての第一歩
——DXの推進役としての期待が高まるバックオフィス部門で、DX人材として活躍することを希望する場合、どのようなスキルや経験が求められるとお考えでしょうか?読者の皆様に向けたアドバイスをお願いします。
在籍している会社の業務知識を深めることが1番の得策です。DXでは、業務フローをデジタルに置き換えていきますが、そもそも現状の業務を知っている人材が社内にいなければ着手できません。デジタルに関する専門知識以前に、社内の業務知識が基礎として必要だからです。そのため、DX人材として活躍する志を抱いたなら、まずは在籍中の会社で未経験の業務に飛び込んで行くことが、人材としてのバリュ−を高めるカギとなります。経験の幅が広がるほど、業務の全容を知る人物としてキャリアが磨かれるというわけです。
DXの余地がある会社のバックオフィス部門で働いていることはチャンスと言えるかもしれません。ただ、DXの進展にともなって機械にとって代わる作業を人間が担当する意義はますます薄れています。また、業務ツールが使えないと全く仕事が始まらない状況も増えています。油断することなく高い学習意識が必須な点が大前提です。
コロナ禍という外的なプレッシャーでDXが急激に進展するなか、不安やストレスを感じている方も少なくないでしょう。しかし、状況はみんな同じです。むしろDXについては万人が横並びの状態にあるとポジティブに捉えて、自らを高めるモチベーションにつなげてほしいと思っています。