「すべてコンサル任せではうまくいかない」安川電機が挑戦し続ける粘りのDX

「すべてコンサル任せではうまくいかない」安川電機が挑戦し続ける粘りのDX

産業用ロボットのモーターを手がける安川電機(北九州市)は、2020年をDX元年と位置づけ、小笠原浩社長が先頭にたってDXを進めています。2020年度には、それまでグループ会社内でバラバラだった「部品の識別コードの統一」を大幅にすすめ、グループ全体の業績をほぼリアルタイムで可視化することに成功しました。こうしたDXの推進には、小笠原社長がICT略推進室長を兼務し自らが先頭に立つトップダウン体制、そして粘りの姿勢が欠かせなかったといいます。小笠原社長のもとで、ICT戦略推進室の副室長を務めた下池正一郎氏に、舞台裏を聞きました。

下池正一郎(しもいけ・しょういちろう)さん 執行役員ICT戦略推進室長

【プロフィール】

下池正一郎:執行役員ICT戦略推進室長

1994年3月、安川電機の産電事業部(当時)にエンジニアとして入社。以後、一貫して製品・技術開発に従事。 2014年に工場のIoT化などを推進する、技術開発本部自動化機器技術部長に就任。 以降、技術開発本部技術企画部長、スマートインダストリ推進部長を経て、2018年に社長直下の新組織 、ICT戦略推進室副室長として安川DX(YDX)を推進。2022年執行役員ICT戦略推進室長に就任し、現在に至る。

独自のDXによりデータ一元化からスタート

——下池さんが、ICT戦略推進室副室長に就任したのが2018年。このときの経緯について教えていただけますか。

元々、技術開発畑でエンジニアとして働き、自動化機器やスマートロボットなどの開発に携わっていました。小笠原社長がCTOで直属の上司だった2015年ごろ、現在の「i3-Mechatronics」につながる、工場の自動化を目指したコンセプト「安川版インダストリ4.0」を一緒に推進していました。その後、2018年にICT戦略推進室に異動、副室長を命じられました。社長とICT戦略推進室を兼務する小笠原のもとで働くことになり、「これまでのICTのしがらみにとらわれずに自由にやっていい」と言われました。

——小笠原社長が掲げる、安川電機のDX(YDX)とはどのようなものでしょうか。

YDXでは、「データを世界の共通言語に」というビジョンを掲げています。グループ・グローバルの一体感を持ったデータ主体のスピード経営、リアルタイム経営を目指すものです。

当社は、日本、アジア、欧米にまたがる約70社のグループ会社があり、かつては国や事業所によりシステムやデータを統合できていませんでした。それにより、経営会議などでは鮮度の古いデータを使うしかありませんでしたが、これを「一元化」し「見える化」することで、最新のデータをリアルタイムで共有し、スピーディーに経営判断しようというのが狙いです。また、効率的な運営のため、バラバラだった各種の基幹システムの統廃合なども同時に進めています。

安川電機が生産するサーボモータ(写真はすべて同社提供)

部品識別コードの統一がカギ

——そうしたYDXの実現のため、安川電機ではどのようなことから着手したのでしょうか。

まずベースとして取り組んだのがグローバルでの「部品識別コードの統一」です。当時、部品や製品の識別コードは、事業所により異なるコードがつけられていました。同じ部品や製品でも事業所によってコードがバラバラだったのです。これでは、情報を共有するために時間と手間がかかりますし、在庫や売り上げなどの管理も難しいものになっていました。

そこで、この識別コードを統一し、グローバル・グループで一体化することからスタートしました。これにより、煩雑だった業務が改善し、迅速化を図ることができます。

——識別コード統一をすすめるために、どんなことから始めたのでしょうか。

最初に、グループ各社に対してコード統一の担当者、連絡窓口を設置しました。これにより、連絡や指示がスムーズに行えるようにしました。

また、ICT部門配下に製品をよく知るベテラン社員から成る「グローバルコード一元化チーム」という専門部隊をつくりました。同時にITシステム刷新の取り組みもスタートしました。基幹システムの統廃合プロジェクトなどです。新型コロナウイルスの感染拡大前は、チームのメンバーが海外の現場にも足を運んで、調整に奔走しました。現在は海外とはリモートでやり取りを行っています。

功を奏したトップダウン体制

——識別コード統一は簡単ではないと思います。どんな難しさがありましたか。

難題の一つは、海外事業所とのコミュニケーションです。言葉や文化の違いだけでなく、従業員の少ない小規模事業所では、コード統一関連の作業が負担となります。また、国内事業所やグループ会社においても「現状を大きく変えられない」「納品が間に合わなくなる」などと現状を変えていくことへの強い反発も受けました。現場は1日でも早くお客さんに出荷したいのに、先の見えないコード統一の作業なんかしている場合じゃないというのは、私も製品開発をやっていた身としてよくわかります。

安川電機の産業用ロボット

——国内外の従業員を、どのように説得したのでしょうか。

まだ現在進行形ですが、社長自らが指揮を執る「トップダウン体制」が功を奏しています。会社の方針は、新聞や社内報などを通じて、社内外に発信されました。これが記事となって社外から社内にも伝わり、上意下達が進みました。

社長はICT戦略推進室の発足当初より、「ITによる全社フラット推進」を掲げており、全社足並みをそろえる活動は「トップにしかできない」としていました。また、ICT戦略推進室には部長クラスの社員を業務分野ごとに兼務者として配置し、これまでの個別の部分最適からグループ全体最適へと推進力を高める施策を講じました。社長によるトップダウン体制は、DXの「十分条件」ではないけれど「必要条件」だと考えます。当社の強みの一つではないでしょうか。

さらに、コードの統一作業について、一時的には負担になりますが、中長期的には効率性や利便性が増すことを示して説得しました。システムの連係が進めば、手作業で入力していた作業も楽になりますし、これまで難色を示していた関係者も、今では納得感を醸成しつつあると思います。泥臭く説得を続け納得感を得るのと、同時にDXを支えるITシステムとの、両輪が必要です。

試作品「シャカシャカロボット」を使ったデモ

納得感を与える根回しも重要

——トップダウン以外に、説得するうえで重要だった要素はありますか。

愚直にねばるしかないですね。個人個人の納得感を大事に、あきらめずにていねいに説明を重ねることです。「ごめん、わかってくれ」「今だけでなく将来を考えて、会社の方針として全員で一緒に絶対にやりたいから、お願いします」と、人から文句を言われても丁寧に説明し続ける。そこをはしょっては、腹落ちしてもらえません。

コロナ禍で難しくなってしまいましたが、やはり国内外の関係事業所にも足を運んで、直接話すことは重要です。現在は、まだリモート中心で業務にあたっていますが、納得感を高めるには泥臭い手法は大切です。

関係者に方針を伝える際に、上司より先に従業員に内容を伝えるなどの「根回し」もしました。私自身、若い頃に技術畑で上からの方針に反発を覚えることも多くあったので、気持ちがわかるのです。それでもまだまだ活動が十分とは言えません。

——部品の識別コードの中で業績への影響が大きいものについては、2020年度に統一を達成しました。どんな恩恵があったでしょうか。

リアルタイムのデータが可視化できたことです。どこの会社がどのくらい売り上げているのかや、受注状況などについて、海外からデータを自動収集する時間差を考慮して1日3回、データが更新されてパソコン上で見られるようになりました。以前は、数週間前の古いデータを見ることしかできませんでした。

この可視化によって、経営会議での意思決定が格段に速くなりました。また、決算書の作成では、連結年度決算データは2週間、四半期決算データは1週間でまとまるようになりました。まだ改善の余地はありながらも自動化も進み、業務の負担軽減にもつながっています。

外部に頼らない自立心を

——ここまでの経緯を見ていると、トップダウンがうまく機能しているように見えますが、外部のコンサルタントに全面的に頼るなどの選択肢はなかったのでしょうか。

実は、初めは進め方を模索しながらコンサルに頼んでいたのですが、タイミングが早すぎたのかうまくいかないことが多く、多くの経験や学びを経て、社内で自走し始めたという経緯があります。この失敗の経験があったから、自立心が醸成されたと考えます。支援は人を弱くします。うまくいかなかったときは言い訳をしたり、他人(コンサル)のせいにしたり…。できないかもしれないけど自分たちでやれば、自分たちで会社を動かす持続力に発展します。

安川電機の本社

もちろん困った時は専門家に相談しますが、自社で、自分たちで自ら判断しコントロールできるという意識を育てることが重要だと考えています。

自社で判断できずに、ベンダーの言いなりになっている例や、ベンダーの乗り換えが困難になるベンダーロックインに陥っている企業もあると聞きます。

——安川電機のDXの現在の到達度は、現在どのくらいでしょうか。

取り組みの範囲や時間軸が長いので一概には言えませんが、半分くらいでしょうか。ようやく、足場が整ってきたという感覚です。今後は、「守りのDXから攻めのDXへ」として、従来の業務改革や標準化は引き続き推進しながらも、ビジネス・フェーズに入っていかなければなりません。製品やサービスに反映して、お客様にフィードバック(貢献)するという段階です。

それでも、だいぶ浸透して、いい方向に向かっていると手応えを感じています。スタートした頃は大変でしたが、国内外のグループ会社から、業務の効率化が進んでいるなどの声が届くことも出てきました。

——安川電機のDXで目指すゴールは、どのようなイメージでしょうか。

DXはあくまでも手段であって、組織改革、業務改革、意識改革を推進しなければ何も変わりません。

また、私の中では、成功の定義というのはありません。うまくいっていることを挙げるなら「粘り強さと継続性」。「泥臭いことを地道にあきらめずに続けられるかどうか」が成功の鍵になると考えています。

あたかもDXがうまく出来たかのように見えるのは本意ではありません。当社のYDXは、まだまだ火種をあおぐことを止めてしまえば消えてしまう、道半ばの状態です。消えてしまえば、もう一度、火をおこさなければなりません。今後も、泥臭いことを地道に諦めずに続けるだけです。成功の「必要条件」はそろいつつありますが、「十分条件」は継続した活動の先に必ず醸成されると信じています。

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