終わりのない作業に「終わりが見えた」 コープさっぽろで進むコミュニケーション改革
店舗との連絡は電話が当たり前だったという、生活協同組合コープさっぽろ(札幌市)。メルカリの執行役員などをへて、DX推進のためコープさっぽろのCIOに就任した長谷川秀樹さんは、コミュニケーションのインフラを徹底的に整えました。やりとりの大幅な効率化によって、「終わりが見えない」とされていた巨大システムの置き換え作業にも、完了のめどがたってきたといいます。
【プロフィール】
長谷川秀樹(はせがわ・ひでき)さん
1994年アクセンチュア株式会社に入社。2008年に株式会社東急ハンズ入社後、情報システム部門、物流部門、通販事業の責任者として改革を実施。デジタルマーケティング領域では、ツイッター、フェイスブック、コレカモネットなどソーシャルメディアを推進。その後、オムニチャネル推進の責任者となり、東急ハンズアプリでは、次世代のお買い物体験への変革を推進している。2011年、同社執行役員に昇進。2018年、ロケスタ株式会社を立ち上げ代表取締役社長就任。同年、株式会社メルカリ執行役員就任。2020年2月、生活協同組合コープさっぽろCIO就任。その他複数社のCIO兼務。
魅力を感じた従業員の姿勢
——2020年2月にコープさっぽろのCIOに就任されたとき、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
当時、デジタル推進本部の立ち上げにあたって人材を探していたコープさっぽろからお声がけをいただいたことが、就任のきっかけでした。
「まずは一度北海道に来てほしい」との誘いを受けて現地に足を運んでみたところ、印象的だったのが、段ボールや衣料品を回収して資源の再利用をするエコセンターという施設でした。発生する粉じんを、従業員が常にきれいに掃除していたんです。
ついつい「誰も見ていないからこのくらいでいいや」という気持ちになってしまうものですが、エコセンターでは細かな掃除まで徹底していて利益もきちんと出しており、トップが掲げる経営理念や信条と、現場の動きが限りなく近い組織だと感じました。
また生活協同組合は株式会社と異なり、組合員が出資者です。出資者とお客様が同じで、向くべき方向が同一なので、株主とお客様の双方を見てバランスを取る必要がありません。これは企業体として理想的な姿だと思い、そこにも魅力を感じました。
コープさっぽろのやまはな店の店舗(同社提供)
特に決定打になったのが、その商品力でした。北海道で飲ませてもらった牛乳が、ふたの裏にヨーグルトのような塊が付くほど濃厚だったんです。何も知らなければびっくりしちゃうけど、低温殺菌だからこそ実現する正しい姿なんですよね。他社にはないその品質に心を奪われました。
——CIOに就任してから、目指したものを教えてください。
デジタル推進本部ができたばかりだったので、とにかく今ある課題に片っ端から取り組んでいきましょうというところからのスタートでした。実施するにあたって、順番や進め方を次のように考えました。
掲げたミッションは「コープさっぽろと関連事業が組合員にとって素晴らしいサービスを提供している。また、従業員も気持ちよく働けるIT環境を提供する」というものです。
組合員、つまりお客様にとって素晴らしいサービスというのを考えたとき、アナログを全てやめてデジタルにすればいいわけではありません。たとえばスマホを持っていなくて、紙を使ったサービスを希望するおばあちゃんもいる。そういった方を取り残すことなく、紙でもスマホでも注文ができるようにして、サービスの選択肢を広げる形にするべきだと考えています。
スマートフォンからコープさっぽろへの注文ができる「トドックアプリ」(同社提供)
一方で組織内においては、ペーパーレス化を積極的に推進しました。(顧客にあたる)組合員は60代以上の方も多いですが、コープさっぽろの組織内は60歳が定年で、年齢層が異なることも一因です。組織内における透明性の高さや、意見を言い合いやすい環境づくりを中心的に進めたいと考えました。
コミュニケーションをLINEの速度に
——組織内向けのDXは、具体的にどう進めたのでしょうか。
DXにもステップがあり、目に見える部分だけを取り繕って良しとしていてはいけません。
多くの企業はシステムの整備ばかりを注視してしまいがちですが、それでは土台がしっかりしていない上に、コストばかりかかってしまうのです。家を建てるときのように、まずは基礎を固めるところから始めました。
4つのステップのうち、ステップ1はテクノロジーインフラの整備です。言い換えれば、喫茶店など会社以外の環境でも安心・安全に働けるセキュリティーやネットワーク、デバイスを整備しました。
ステップ2で、コミュニケーションインフラの整備に着手しました。チャットツールの活用を徹底的に進めました。
3つ目のステップとして行うのが、アプリケーションの開発インフラの整備です。いきなり全てを作るのではなく、より効率的な進め方を考えて土台を固めておく必要がある。
ここまでのステップを踏んでようやく、受発注や会計のシステム整備といったステップ4に取りかかれるのです。コープさっぽろではステップ2までをほぼ完了しています。
——コミュニケーションインフラが重要とのことですが、長谷川さんが就任した当初の環境はどのような状況だったのでしょうか。
チャットツールも実験的に導入されていたものの、あまり活用できていない状態でした。そこで、本格的な導入にあたり、担当の職員が約60回にわたって勉強会を実施してくれました。これにより「これからはメールを使わずに、チャットツールを使う」という姿勢が職場内に広まったのです。
日常生活では友達との連絡にはほとんどメールは使わず、LINEのようなチャットでやりとりをしますよね。だったら仕事も同じスピード感にしましょう、と。
たかがチャットに変わっただけでしょと馬鹿にしてはいけません。ちゃんと活用することで、わざわざ会議を設定したりアポをとったりしなくても、チャット上でどんどんものごとが決まっていきます。本社の仕事の大部分は、人と人とのコミュニケーションです。効率が悪い状態は望ましくない。コミュニケーションのスタイルが変われば、「幹部が海外出張中で2週間アポがとれません」といった困りごともなくなります。
現場が手応えを感じた「からあげ事件」
——コミュニケーションの効率化は、どのような成果につながったのでしょうか。
「からあげ事件」というのがありました。コープさっぽろの店舗で販売する総菜のからあげで、とあるロットのからあげは揚げるとどうしても黒くなってしまうことがわかり、店頭から急きょ取り下げなければいけなくなったのです。
今までだったら、スーパーバイザー(SV)がそれぞれの担当店舗に電話をしまくって取り下げの指示をしなければならなかった。その後、各店舗からまた電話でSVに報告が返ってくるため、それぞれの店舗の状況をリアルタイムに把握することが本当に大変でした。
しかし、チャットツールの普及により状況は一変しました。専用のチャンネルにSVからメッセージを送れば、チャット上に各店舗から「○○店は下げました」という報告のメッセージが次々に来て、誰でもリアルタイムで現状を確認できるようになったのです。その後の正しいロットの補充も早くスムーズに進み、担当者の負担も減りました。
DXと言えば「AIを使って大きな課題を解決する」などと大きな話を掲げてしまいがちです。しかし、現場はそれ以前に、チャットツールだけでも十二分に解決する課題がたくさんあるのです。頭のいい人が考えるとすぐに高度なレベルの話になってしまいがちですが、もっと手前の段階を改善することで現場は非常に喜ぶし、生産性もあがると思っています。
——コミュニケーション改革を浸透できた要因はどこにあるのでしょうか。
もともといた職員の方が頑張って勉強会を繰り返し開催してくれたことにつきますね。改革を浸透させるためには、2タイプの人が欠かせません。
一つは、目指すべき理想像を高く理解できている人。もう一つは、組織内に広める人。この両者がいないと、改革はうまく浸透しません。当時の最高デジタル責任者で、私をコープさっぽろに誘ってくれた対馬慶貞さんが組織内で何度も繰り返し言い続けたからこそ、このようにうまく広められたと思います。
また、コープさっぽろでは以前から「仕事改革発表会」という取り組みをおこなっています。仕事の改革に関する内容が、定例の業務として組み入れられているのです。改善・改革をするのが当たり前という文化やDNAが、コープさっぽろには根付いていると感じています。
改善・改革については、トップの大見英明理事長も以前から口を酸っぱくして言及しています。現状維持は劣化だという考えが、末端まで染み付いているように感じます。そのため比較的、改革が浸透しやすい土壌が備わっていたのではないでしょうか。
巨大すぎたレガシーシステム
——コープさっぽろの既存システムは複雑化し、リホスト(古くなったシステムの置き換え)作業は6年以上たっても終わりが見えないとのことでした。この作業は現在どうなっているのでしょうか。
2020年2月に私が入協したときは、残り何をやったら終わるのか、誰も把握していない状態でした。巨大すぎて何もわかりません、と。まずは何をオープン化したらできるのか明確にするところから始めました。
すごく大きな仕組みだし、いろんな人がからんでいるので、従来通りにフェーストゥフェースで打ち合わせを進めていては時間ばかりがたってしまいます。しかし、一連のコミュニケーションの迅速化によって、ようやく終わりが見えました。古いシステムからの脱却は、2022年度内に完了する予定です。
外部のベンダーとのやり取りも、これまでだと週1回の定例会議でしか話が進まなかったものを、チャットツール上でつながっているため常にやり取りが可能になりました。やりとりも全員に可視化されたため、共有漏れもなくなり、スピードが増したのです。
DXには、「すごい」と言われてユーザー部門から喜ばれるようなかっこいい仕事と、ユーザー部門あるいは経営陣からも理解されづらいような仕事の2種類があります。古いシステムをやめたところで、似たような別の仕組みができるだけで、ユーザー部門からは何も喜ばれないでしょう。しかしこれはいわば、大黒柱が腐ってきている状況で、そのままではいけません。家が倒れないために、家人には見えない柱でも取り換えなければならないのです。
「俺たちでもできる!」という企業が増えるように
——コープさっぽろは「コープさっぽろDX」と名付けたサイトで、DXの取り組みを発信しています。さきほどのからあげ事件など、過程を赤裸々に公開している印象ですが、どんな狙いがあるのでしょうか?
コープの事業は、営利と非営利のバランスを重視します。例えば、夏に海岸を清掃する取り組みをおこなっています。参加を呼びかけると、毎年8,000人ほどのお客様がゴミを拾うために集まります。売り上げにはつながりませんが、北海道を良くするための取り組みになっています。
コープさっぽろDXのサイト画面
コープさっぽろのDXも同様です。事業高が3,000億円規模で、創立から50年以上たっている組織でも、ここまでDXを実現できるという事実を示すことで「だったら俺たちでもできる!」と思う企業が増えればいいなと思っています。
また、「こんな取り組みをしているなら、自分もコープに入りたいな」と、同じ思いを持つ方からの応募につながれば、よりうれしいですね。
加えて、情報システムに関わる部門は、怒られることはあっても褒められることはなかなかないポジションです。自分がおこなった取り組みが外部へ発信されているということは、メンバーにとっても誇らしいものだと考えています。
——今後の展望についてお聞かせください。
周囲から見えづらい部分の改善が今年度で終わりそうなので、ようやく土台が整ってきたところです。次の段階として、お客様からも目に見える部分の改善を進めていきたいと考えています。