第四次産業革命時代のDXの本質とは グロービスの吉田教授が解説
デジタル・トランスフォーメーション(DX)が叫ばれるなか、いざ実行しようとするとつまずく日本企業も少なくありません。本記事では企業の経営戦略や組織戦略に詳しいグロービス経営大学院の吉田素文教授に、DXの本質について聞きました。第四次産業革命時代のDXとは何か、そしてビジネスモデル・組織の変化について解説します。
吉田素文(よしだ・もとふみ)。立教大学大学院文学研究科教育学専攻修士課程修了。ロンドン・ビジネススクールSEP(Senior Executive Program)修了。大手私鉄会社を経てグロービスに参加。グロービス経営大学院でのテクノベート・ストラテジーの講義に加え、企業での経営者育成プログラムの設計・実施に携わり、様々な企業の戦略・組織課題に幅広く取り組む。著書に『ファシリテーションの教科書』(東洋経済新報社)、共訳書に『一流ビジネススクールで教える デジタル・シフト戦略』がある。
DXは単に新技術の導入のみを指すものではない
そもそも、DXとは何を指すのでしょうか。
「情報が価値の中心になる世界に合わせて、戦略や組織の動かし方を再設計することがDXの本質です。しかし残念ながら、特にバックオフィスの文脈では、単にITモデナイゼーション、すなわち情報インフラの更新や新技術の導入のみを指していることが少なくありません。それでは、得られる果実は少ないでしょう」
本来のDXを推進するためには、組織運営の方法から変える必要があります。例えば月に一度の役員報告会すら、その存在自体がナンセンスであると吉田教授は指摘します。
「情報共有や視える化のツールを整え、役員各々がいつでも情報を見られ、話ができるようにすればよいのです。報告会に向けた資料作成に多大な時間をかける必要はありません。しかし、多くの企業ではそうした変化こそが難しいのでしょう」
吉田教授は「単なるITモデナイゼーションはこれまでの戦略や組織にデジタル技術を加えただけという、いわば“ふりかけご飯”。やらないよりはマシだが、デジタル技術・情報を中核とした新たな戦略、事業モデルやマインドセットに変わることが本来目指すべき“炊き込みご飯”である」と説きます。
そして、こうした本来のDXが必要になるのは、社会やビジネスの環境が情報技術によって大きく変化しているからだと述べます。
価値の中心は“情報”へ
IoTやAIといった技術の進化による製品・サービスのスマート化、そして情報処理・通信コストの劇的低下が推し進める変化を「第四次産業革命」と呼びます。
こうした時代には「ビジネスにおける価値創造の中心は、モノや人によるサービスそのものから“情報”へと変化します」(吉田教授)。
かつては顧客が、企業が作ったお仕着せのモノやサービスを提供されていました。しかし第四次産業革命下では、顧客自身が自分で好きなモノ・サービスを選択し、組み合わせて理想的な体験を実現することに価値が置かれます。
「例えば、もしワクチンを安全に自己接種できるサービスができれば、顧客はワクチンを好きな時に打つことができます。それは、時間、場所を指定されてでしか接種できないサービスよりも価値が大きい。今後はそういったカスタマイズされた体験が実現され、高い価値を生むということです」
こうした実現には、インターネット上に構築されるプラットフォームが大きな役割を果たします。
例えば顧客に“安全に暮らしたい”といったニーズがあるとします。その“安全”には『マスクが欲しい』というニーズだけではなく、食事はどうするか。接触せずにどうやって他人とコミュニケーションをとるか。外からウイルスを持ち込まない手段は? など、様々な要素を結び付けて最適化する必要が出てきます。「顧客のニーズは、様々なプレイヤーが提供する価値を組み合わせて実現されます。顧客と価値提供者をつなぐのがプラットフォームで、社会やビジネスを変化させる大きな要因となっています」(吉田教授)。
では、その中で、企業のあり方はどのように変化していくべきなのでしょうか。
ROAだけで収益性を判断できない時代へ
「これまでは、企業が様々な資産や人材を抱え、それを効果的・効率的に活用できるかが競争力の源泉であり、収益性はROA(総資産収益率)で判断できました。その公式自体も成り立たなくなってきます」
吉田教授はその理由を、経済性の原理に基づいてこのように説明します。これまではコストを下げ、生み出す価値を大きくするためには、規模の経済性や資産の稼働率を上げることが重要でした。しかし“情報”が価値創造の中心になり、その情報の多くが企業の「外部」である顧客や関係者から齎されるものであるとすると、目指すべきものが根底的に変わってきます。
「情報は限界コストがゼロに近く、また多様な情報がつながればつながるほど価値を生み出せるので、モノ・ヒトとは異なる経済性を持っています。ベースとなる経済性の原理が変わるということは、競争の力点も変わり、変化に対してどれだけ早く俊敏に対応できるかが最重要になります。“対昨年比何パーセント増”の発想ではなく、幾何級数的で予測が難しい変化にいかに対応できる組織を構築するかが重要です。こうした“アジャイル”な組織であることが、企業規模や技術力などを上回る重要性を持つのです」(吉田教授)
デジタル化で飛躍的に上がる顧客解像度
こうした状況下で、ビジネス上の“価値”とはどのように生まれるのでしょうか。
例えばタクシーを呼ぶ、食事を頼む、といった行為。以前はタクシー会社やレストランに電話をかけて出前を頼む、といった方法が一般的でした。
しかし、今では、スマートフォンにダウンロードしたアプリから使いたいサービスを選択し、さらに加入している企業から様々なメニューを選択し、何分でサービスを受けられるか、といったところまで可視化されています。
「このように顧客の特性やニーズにあわせて、より最適な価値を提供できる源泉は、何よりも多数の顧客から集められた情報です」
例えば、顧客の購買履歴はもとより、サイトの閲覧履歴などのデータがあれば、顧客がいつ何を欲しがっているのか。購買履歴を見てレコメンド(推薦)する、関連製品やコンテンツと連携や調整を行うことが可能になります。
製品を購入した際に、関連するコンテンツが自動で表示されたり、以後はその製品と組み合わせて使用できる新しい製品をレコメンドされたりすると、顧客はより高い価値を得る可能性が高まります。
そして大切なのは、こうした一連の取引、そしてレコメンドや調整が、情報技術によって自動化されているということ。
「タクシーの配車は、かつては人が行っていました。しかし昨今は言うまでもなく自動化されています。つまり、商品やサービスを提供する企業側も、自動化によって効率を高めることができます。更に、これまで企業の外にあった資源(使われていない時間の個人の車両)をオンデマンドでシェアリングして使えるようになる。それぞれの会社で資源を保有せず、社会の中で共有するためトータルでコストが下がる。低コストで高い価値を生むことができる。さらにそこから生まれてくる情報をほかに提供することで収益を上げられるという訳です」
製品やサービス以上に“情報”で利益を得る
データを活用し、そこから大きな価値が生み出せるのであれば、顧客に提供する製品やサービスそのものを低価格で、もしくは無料で提供する、というビジネスモデルが可能になります。
「我々はSNSや検索サービスに、消費者としてはお金を払っていません。彼らはデジタル広告で収益を得られるため、消費者から料金を取る必要がないのです。こうしたビジネスモデルが様々な業界に浸透すると、製造業であってもそのビジネスモデルが変わる可能性があります。例えばモビリティサービスが普及・発展すれば、個人が車両を購入する必要性が下がります。そして提供される移動サービスでさえも、車両で提供されるサービスから大きな収益が上げられるのであれば、車両サービス自体を無料にするという発想にもなり得るでしょう」
大量の、解像度の高いデータを得ることができるサービスからは、ますます大量で即時的な情報を得られるようになります。こうしたデータを収集・分析し、処理することでより様々な価値を顧客に提供できるようになります。
「私がどんな人間で、いま何をしているか全部分かる。分かると関係が継続的になる。的外れのものを勧められるより、こちらの情報が分かっている企業ほど最適なサービスを提供できますからね。するとさらに情報が貯まる。こうした一連の流れがありとあらゆるところで増えてきています。この流れは、産業や競争のありかたを大きく変えていくでしょう。なお、今、個人情報保護への関心の高まりから、Web上での個人情報の扱いについて様々な変化が起きていますが、『情報を共有・活用することで顧客により優れた価値を提供しよう』という基本的な方向性は変わらないでしょう。その中でより適切な情報の利用の方法が模索されていくはずです」
これまでの組織運営のあり方では成り立たない
情報から生まれる価値の増加、またプラットフォームに参加する顧客と価値提供者の増加という変化は幾何級数的です。このため一定の段階を超えると急激に大きくなります。一方で、情報を分析することにかかるコストは同じようには増えないので、ある段階を超えると急速に収益性が高まります。「プラットフォーマーのビジネスはそういった原理で動いています」(吉田教授)
こうしたビジネスモデルにおいては、増加のカーブが大きく増加に転じるポイントを予想することが難しいと吉田教授は指摘します。「これまでの経営計画のような、役員会を開いて3ヵ年、5ヵ年計画を作る――といった方式はマッチしません」(吉田教授)
では、企業にはどのような仕事の進め方が求められるのでしょうか。
「自分たちが生み出す価値をいちはやく市場に投入できるか否かが勝負です。当たるか当たらないか分からないので、ある仮説に基づき、まず市場に投入する。そして市場・顧客からのフィードバックを得て仮説を検証する。間違えないように計画を立ててやる、というより、仮説検証を高速で繰り返すことが重要なのです」
こうしたことができる組織とはどういう姿なのでしょうか。それは「組織の内外になめらかに情報が流れる組織」であると指摘します。
「価値をアジャイルなスタイルで生み出し、またデータに基づく判断で組織が自律的に動けるようになる必要があります。そしてこうした組織では、社員はリスクをとって様々なことにチャレンジすることができ、成長意欲も高まります」
しかし、吉田教授は同時に「多くの企業において、その実現は容易ではない」と指摘します。その根底にあるのは「失敗してはいけない」という企業文化です。次回の記事「バックオフィスの3つの進化の方向性とは グロービスの吉田教授に聞く」では質疑応答を交えて、日本企業はどのようにDXを実現することができるのか、その方法をバックオフィスにどう当てはめるのか取り上げます。