「動機付け要因」がバックオフィスを活発化 同志社大・太田肇教授が指摘するキャリア論
人事や法務、経理といった間接部門は長らく「バックオフィス」と呼ばれてきました。以前はコストセンターのように見られがちでしたが、近年では、戦略人事や戦略法務、戦略経理などの観点から、経営戦略へのコミットを求められるように変わりつつあります。『なぜ日本企業は勝てなくなったのか: 個を活かす「分化」の組織論』を執筆した同志社大学の太田肇教授にバックオフィス部門は求められる変化にどう対応していくべきなのかを聞きました。
【太田肇(おおた・はじめ)】
1954年兵庫県生まれ。神戸大学大学院経営学研究科修了。京都大学博士(経済学)。三重大学人文学部助教授、滋賀大学経済学部教授を経て、2004年より同志社大学政策学部・同大学院総合政策科学研究科教授。専門は組織論、とくに「個人を生かす組織」について研究。日本労務学会常任理事。組織学会賞、経営科学文献賞、中小企業研究奨励賞本賞などを受賞。近著『同調圧力の正体』(PHP新書)のほか、『「超」働き方改革』(ちくま新書)、『「承認欲求」の呪縛』(新潮新書) 、『個人尊重の組織論』(中公新書)など著書多数。
バックオフィスのモチベーションを下げる要因とは
――これまでの講演先や研究先では、組織内のバックオフィス(間接部門)について、企業はどのような課題を抱えていましたか?
太田教授:一番よく言われるのはモチベーションの問題です。営業部門など、いわゆるフロント部門と比べると地味で、目に見えた評価をされにくい点が挙げられます。
――モチベーションの低さはなぜ生まれてしまうのでしょうか。
太田教授:一言でいうと刺激が少ない、認められる機会が少ないということでしょう。同じ会社でもお客さんと対面している営業などは数字も目に見えますし、お客さんから褒められることもあればお叱りを受けることもある。業務の中で分かりやすいアップダウンがあります。
一方で間接部門は淡々とこなして当たり前。ミスをしなくて当たり前。しかし、ミスをしたらば減点される、減点主義なのです。
二つの要因から人の満足・不満足を分析する「ハーズバーグの理論」に置き換えて説明すると、人事労務管理に必要な要素は「動機付け要因(Motivator
Factors)」と「衛生要因(Hygiene Factors)」と言えます。このうち、バックオフィス業務は前者の「動機付け要因」が少ないという言い方をすることができます。
――コロナ禍で新たに見えてきた課題もあれば教えてください。
太田教授:コロナ禍においては、テレワークとの関係でも不満の声が上がっています。「営業や開発はテレワークがしやすいのに、経理や総務はテレワークができないのは不公平だ」ということです。経費の処理や契約書の締結などのバックオフィス業務を、全てオンラインで完了できる企業は多くありません。
経理法務、人事などはいずれも情報が洩れると困るところばかり。セキュリティの関係で自宅からパソコンで仕事をすることができないとなると、バックオフィスだけは出勤しなければならない、という事態に陥ります。
リモートワークだけではなく、選択型週休三日制、ワーケーションなど、いわゆる自由な働き方に関しては、おしなべて間接部門が実施しにくいと言えるでしょう。
バックオフィスに求められるキャリア形成
――こうした課題に対し、組織としてどのように改革すればよいでしょうか。
太田教授:まず最もオーソドックスなのは、仕組みを見直す、IT化するということです。アウトソーシングや業務委託で切り離していこう、そうしていきたいという意識を持っている経営者は少なくありません。
自社でセキュリティを担保した経理システムを構築するのは難しくても、専門のアウトソーシング企業に依頼すれば安価で実現できる、というイメージです。
そのような方針を採用すると「果たしてバックオフィスに残すべき人材はどのような人材か」という議論も出てきます。
そろそろこのような職務は、プロフェッショナル的な専門職のようなキャリア形成プランを用意しないと難しいでしょう。作業要員だけならば、アウトソーシング先で安価に代替できてしまいます。ローテーションの一環でたまたま人事や経理に行った、という人材が残っていくのは厳しい時代になるのではないでしょうか。
――専門職のようなキャリア形成プランは具体的にどのような事例があるのでしょうか。
太田教授:たとえば、人事についていうと、SHRM (Society for Human Resources Management)のような人的資源管理の国際組織ができています。こうした認定機構では人事資格や、国際的にプロフェッショナルと認められる人事を育成するための日本語プログラムなども提供していますので、戦略的人事や人事の活かし方など、参考にしてみるとよいでしょう。
グローバルの基準を知らず、日本だけが旧来の経験に基づいた人事のやり方をしていると、国際社会からどんどん置いていかれてしまいます。
モチベーション向上についても同様のことが言えます。今までの延長線上でやろうとすると、失敗する確率が高まります。
素人を単にローテでぐるぐる回す、というのでは、キャリアに対するモチベーションが生まれません。どうせ3~4年で他に移るでしょ、という心構えの人材をバックオフィスに異動させても、お金や時間をかけて自己啓発したり、勉強したりする意欲は起きないでしょう。
新卒採用で若いうちに他の仕事を経験した中で、人事や経理のスペシャリストを目指すという判断をさせるか、すでにその職務に意欲やスキルがある人材を中途で採用するのがよいと思います。
営業担当とともに表彰される経理部門の事例
――バックオフィスの組織、またはそこで働く人たちの働き方や仕事の関わり方について、今後どうあるべきかご意見をお聞かせください。
太田教授:個人の心構えと組織のマネジメント、両方が挙げられます。
まず個人に関しては「自分が専門職としてキャリアを形成していくのだ」という心構えが重要です。たとえば、人事としてキャリアを形成した後に、退職後に「人材のプロ」として教師になった人などはその好例です。
組織マネジメントにおいては「バックオフィスにもインセンティブを与える」ということでしょう。
例えば、京都のある会社は営業拠点が10カ所あり、拠点ごとに目標達成率を競い合います。その達成率によって、経理部門にも報酬が支払われる仕組みになっています。数字を達成した営業だけでなく、それを支えた経理も表彰される、ということですね。バックオフィスについても、縁の下の力持ちとして認める姿勢が表れています。
営業部門は数字を達成すると表彰しやすい。それは当たり前のことです。そうではなくて、間接部門も必ず1部門1人選ぶ、持ち回りで1年ごとに表彰対象者を選出するなど、組織マネジメント上の工夫が必要になってきます。
バックオフィスのような「縁の下の力持ち」は貢献が見えにくい面もありますので、他薦制度、自薦制度を採用して積極的に良い面をあぶりだします。営業などが表彰される時に、自分を一番サポートしてくれた人を指名して、同様に表彰者として選出するという方法もあります。パラリンピックのランナーの伴走者が一緒に表彰されるようなもので、意義ある取り組みと言えるのではないでしょうか。
バックオフィスはアウトソースすべきか
――企業としては「アウトソーシング」についてはどのようにとらえるべきでしょうか。
太田教授:前述のように、バックオフィスに関しては、自社の人材をスペシャリストとして育成する場合と、ジョブ型雇用で作られた専門会社に業務委託で発注する、といった2つのパターンが考えられますね。もしくは全部アウトソースしてしまうのはさすがに問題なので、戦略型と従来型とに分けるという形をとっている企業もあります。
日本企業は長らく自前主義を採用してきましたが、効率的なアウトソーシングは有益であることも多々あります。実際に「自社で内製化したほうが柔軟性があると思っていたが、アウトソースしたほうが、いろいろ融通がきいた」と驚いている経営者もいました。
アウトソーシング先は専門業務としてそれだけ請け負っていますから、数十、数百の事例を知っているわけです。そうしたケーススタディの中から、突発的に発生した問題についても最適解を適用し、柔軟に対処できることがあります。
――アウトソースをしてしまうことに弊害はないのでしょうか。
太田教授:丸投げの弊害ももちろんありえます。最終的には、社内で状況の分かっている人がジャッジだけする必要があるケースも多々あります。そうした価値判断、決断ができる人材にはやはり専門知識やプロ意識が求められるでしょう。
内部にそういった「プロ」をどれだけ育成していくのか。育成が必要と思えばそれはしなければいけないし、外部に任せた方がいいならばそのような判断をしなければならない。
過去数十年、育成をしてこなかった企業ならば、今後もそもそも戦略人事や経理が必要ない、という判断もあり得ます。そこは経営陣がバランスを取って判断していく必要があります。
企業経営者ができること
間接部門のキャリアはなかなか描きにくいところがあったので、キャリアを具体的にビジョンに落とし込む手段も大切です。企業経営者として、本音で社員と話ができるかどうか。
海外だと、キャリアカウンセラーと社員が本音で話ができる企業もたくさんあります。例えば社員が「5年この会社にいて、自分で会社を作ろうと思う」というとカウンセラーは「分かりました。そのためには会社はこのようにサポートするので…」といったように、本質的な議論ができますが、日本ではそうはいきません。「5年で辞める気か!会社に対する裏切りだ」といったことになれば誰も本音で話そうとは思いません。
最後に、経営側が経理総務、人事労務などの業種としての魅力をアピールすることも大切です。例えば、「人事労務担当者」と聞くと魅力を感じられなくても、「人事コンサルタント」と聞くと憧れを抱く若者も多いはずです。そうした工夫をしたうえで、期間を区切って、例えば「5年で人事のプロになってもらう」など、魅力と期間、そこにかける期待などを分かりやすく提示する必要があるでしょう。