有力SaaS企業トップがにらむ「2025年の崖の『向こう側』」

有力SaaS企業トップがにらむ「2025年の崖の『向こう側』」

2018年に経産省のDXレポートで報告され、多くの企業、経営者が衝撃を受けた「2025年の崖」。DXの推進が遅れると、2025年から年間で約12兆円の経済損失が発生すると予測されています。 対談のゲストに株式会社インフォマートの社長 中島健氏と、株式会社マネーフォワードの社長 辻庸介氏、そして、モデレーターに株式会社スードリー 代表取締役(元テレビ朝日アナウンサー)の前田有紀氏を迎え、「2025年の崖の『向こう側』」について、じっくりと語り合ってもらいました。

【プロフィール】

株式会社インフォマート代表取締役社長 中島健氏

株式会社インフォマート代表取締役社長 中島健氏

1966年東京都生まれ。1988年に早稲田大学教育学部を卒業後、株式会社三和銀行(現:株式会社三菱UFJ銀行)に入行。加州三和銀行(米国カリフォルニア州)、株式会社三菱総合研究所などへ出向した後、2010年に株式会社インフォマートへ入社。取締役、当社経営企画本部長を歴任し、2019年常務取締役に就任。2022年1月代表取締役社長に就任。

株式会社マネーフォワード代表取締役社長CEO 辻庸介氏

株式会社マネーフォワード代表取締役社長CEO 辻庸介氏

1976年大阪府生まれ。2001年に京都大学農学部を卒業後、ソニー株式会社に入社。2004年にマネックス証券株式会社に参画。2011年ペンシルバニア大学ウォートン校MBA修了。2012年に株式会社マネーフォワードを設立し、2017年に東京証券取引所マザーズ市場へ上場、2021年に第一部へ市場変更(2022年4月に市場区分の見直しに伴い、プライム市場へ移行)。2018年2月 「第4回日本ベンチャー大賞」にて審査委員会特別賞受賞。新経済連盟 幹事、経済同友会 幹事、シリコンバレー・ジャパン・プラットフォーム エグゼクティブ・コミッティー。

モデレーター 前田有紀氏

モデレーター 前田有紀氏

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、10年間テレビ朝日に勤務。 2013年イギリスに留学。2018年株式会社スードリーを設立。2021年4月に神宮前にNURをオープン。 2022年5月に初の著書「染めの花 フラワーデザイン図鑑」(誠文堂新光社)を出版。

SaaSでクラウドサービスを提供する両社 それぞれの強みとは?

前田:インフォマートとマネーフォワードはどちらも経理に関わるSaaS(Software as a Service)を提供されています。一見すると競合社にも思えますが、普段から関係も深いそうですね。

中島:経理のSaaSという意味では共通していますが、その実、提供しているサービスは大きく異なります。インフォマートは、請求や受発注など、自社と他社をつなぐ仕組みをメインで提供しています。いっぽう、マネーフォワードさんは、基本的には社内の効率化、デジタル化を推進している。本質的な部分がかなり違うんです。

辻:インフォマートさんは尊敬する大先輩、という印象です。請求や受発注業務は、課題が各業界に特化しているケースが多いので、痒い所に手が届かないとできません。それを業界のトップランナーとしてやり続けているのは、率直に「すごいな」と思います。マネーフォワードは創業から10年の会社で、バックオフィス向けクラウドサービスは約21万事業者に使っていただいています。会計分野のサービスからスタートし、クラウドで自動化を進めたり、今まで経理担当5人で行っていた業務を1人で完結できるようなサービスを提供しているので、クラウドや業界の大先輩として、インフォマートさんとは仲良くさせていただいています。

中島:マネーフォワードさんは急成長を続けていますが、その理由は大きく3つあると考えています。1つ目は、経理が欲しい機能がすべてそろっていること。2つ目は、売って終わりではなく、売った後も手厚いサポートを提供する伴走型であること。そして3つ目が、お客様の立場になって考える、そのレベルが非常に高いことです。

辻:マネーフォワードが大切にしている理念のひとつに、「共創」があります。クラウドのサービスはオープンな仕組みであり、つながることによって価値が生まれるので、競合のサービスであっても、つながり、共に成長していけるベンダーロックインがなくなった社会を理想としています。

前田:ベンダーロックインという言葉が出てきましたが、詳しく教えていただけますか?

中島:簡単に言うと、大きなシステム会社から逃げられなくなってしまった状態を指します。細かくカスタマイズされた自社専用のシステムを作ったのはいいが、バージョンアップや運用に多大なコストがかかり、「こんなにランニングコストがかかるなら、もう使うのをやめよう」と考える。でも、もう一度ゼロからシステムを作ろうとすると、大きなコストがかかってしまうのでやめられない。そうしてシステム維持費がかかり続ける、融通がきかない状況になってしまうのをベンダーロックインと言います。

DXレポートから4年が経過した日本のDXの進展は?

前田:なるほど、よくわかりました。今回の対談の大きなテーマは、「2025年の崖の『向こう側』」。2018年に発表され、日本中の企業に衝撃を与えた経済産業省のDXレポートから早くも4年が経とうとしています。この間の日本のDXの進展についてはどのように見られていますか?

中島:2018年以降、急速に盛り上がってきている印象はあります。「2025年の崖」のレポートによるところもありますが、2023年施行のインボイス制度の発表、そして、新型コロナウイルスの流行です。これまでバックオフィス、とりわけ経理はどうしても会社に出社しなければなりませんでした。請求書ひとつとっても、郵送されてくる請求書を受け取る、チェックする、会計システムに入力する、という3つの業務を行う必要があります。これを解決するのがDXです。クラウド化が進めば、自宅にいながら経理業務を行うことができます。コロナ禍がDX推進の追い風となったのは間違いないと思います。

辻:10年前の創業時には営業に行くと、「クラウドにデータを預けるなんて怖い」とよく言われました。しかし、今はそんなこと言う人はいません。多くの人がクラウドやEコマースを日常的に使っていて、DXの潮流が速くなってきているのを感じます。また、2022年に改正電子帳簿保存法が施行され、帳簿や書類を紙で保存する必要がなくなったのも大きいです。電子帳簿保存法とインボイス制度によって、デジタル化が加速している実感があります。請求書がデジタル化すると、ひもづいているシステムまで一気通貫で効率化できるようになります。

前田:私の会社も大手企業さんと取引する場合、コロナ禍以前はたくさんの書類を手書きして、申請して、許可を取って……と、実際に販売するまでにかなりの時間と手間がかかってましたが、コロナ禍以降にお仕事をさせていただいた時は、電子申請に変わり、格段に効率化されていました。小さな変化かもしれませんが、小規模事業者の視点からも、DXが進んでいることを感じます。

なぜ大きな会社のシステムほど複雑化、サイロ化する?

前田:経済産業省のレポートでは、既存のITシステムの複雑化や、部門ごとのサイロ化が指摘されていました。先ほどのベンダーロックインのお話にもつながってくると思いますが、どうして大きな会社ほどシステムの複雑化やサイロ化が進みやすいのでしょうか?

中島:私の答えは、「現場に裁量を与え過ぎているから」。その答えはデジタル庁の方と話している中で出てきました。本来なら、「現場は自分たちのやり方でやっていい部分もあるが、最低限ここは合わせなさい」というように、ルールを作らないといけない。しかし、「これがルールです」と決めると、現場から不満の声があがる。それが怖いから、現場に裁量を与えた結果として、部門ごとのやり方になり、データの交換もできず、コストも余計にかかるという状態になってしまいます。

辻:インターネットやクラウドで常時接続が可能になった今でこそ、1つのシステムを20万を超える事業者に提供できるようになりましたが、ひと昔前は1社ずつにしか提供できませんでした。それを各社、各部署が自分たちなりに創意工夫して運用していった結果、皮肉にも、複雑で汎用性に乏しいシステムができあがってしまいました。

人材不足を乗り切るための人材活用術

前田:もう1つ大きなポイントとして、DX人材の不足も指摘されていました。この点についてはどのように感じられていますか?

辻:人材不足は本当に深刻です。DX化を推進するためには、エンジニアが社内にいないといけません。外注をするにも、社内で意思決定できる人や、コミュニケーションが取れる人が必要になります。しかし、日本ではエンジニアが圧倒的に足りていません。マネーフォワードは、エンジニアの30%以上は外国人で、現在、20か国以上の方が一緒に働いてくれています。

前田:海外でも人件費が上がってきているのでしょうか?

辻:上がっていますね。日本は人件費が上がらないという問題はありますが、世界中でエンジニアが不足しているので、エンジニアの人件費はかなり上がっています。

中島:一般の職種を含めた人材不足についての僕の考えですが、「最近の若い人は、昔みたいにガッツもないし、がむしゃらに目標に向かっていくパワーもない」なんて言われていますが、そうではないと思うんです。昔も今も、2:6:2の割合は変わらない。2割は目標を設定し、がむしゃらに働く向上心のあるタイプで、6割は、経験してないだけで経験させれば変わるタイプ、そして残りの2割が、価値観が絶対に変わらないタイプ。僕たち上司がしなければいけないのは、その6割に経験させてあげて、変わらせてあげることです。達成感や感動は、実は仕事で得られるのだと。

インボイス制度やデジタルインボイスでDXはさらに加速する?

前田:両社にとって関係の深い経理部門の方にとっては「2025年の崖」よりも、2023年施行のインボイス制度やデジタルインボイスの話題の方が身近なのかもしれません。経理部門、あるいは経営者からみた時に、これらはDXとどのように関わってくるでしょうか。また、インボイス制度によって、DXは加速していくでしょうか?

辻:進むと思います。ただ、インボイス制度自体は紙の書類でもよくて、紙とデジタルが混ざってしまうと、非常に効率が悪くなってしまいます。請求書を全てデジタル化できれば、先述したように一気通貫でデータが流れるので、非効率な業務はかなり減ると思います。日本は生産性が低い、それゆえ給料が上がらないと言われていますが、それを上げていくのがこの先5年、10年であり、中小企業の生産性を上げるという意味でも、インボイス制度はチャンスになり得ると思います。

中島:デジタル化すること自体は、インボイス制度の有無に関係なく大切だと思います。そもそも、インボイス制度は請求書の新しいルールであって、経理の業務がさらに大変になることなんです。請求書の書き方が細かく定義され、入力項目が増えたり、相手がインボイス制度に則った請求書を発行しているかチェックする業務が発生します。そのため、いつかはデジタル化しないと大変になるので、やるなら今だよね、というのがインボイス制度の効果であり、うまく活用すれば、DX推進の武器になると感じています。

「2025年の崖」の向こうに見えている未来

前田:インボイス制度はDX推進の追い風となり得る制度ということですね。「2025年の崖」という概念が登場する以前から、両社はまさに崖を乗り越えるためのサービスを提供されてきました。あと2年に迫るなか、崖の「向こう側」、つまり「未来」についてはどのように考えられていますか? ポジティブでしょうか。ネガティブでしょうか。

中島:私はポジティブに考えています。もちろん、ポジティブにするためには、世の中みんなの意識を変えなければいけませんが、そのためには、我々ベンダーが自責で考えることが大切だと思っています。誰かが崖から転げ落ちた時に、「ほら、クラウドを使わなかったのが悪いんだぞ」と突き放すのではなく、「僕らのせいで落ちてしまったのだ」と考えます。それくらいの当事者意識を持って、企業にクラウドへの移行を進めていくのが大切だと思っています。

辻:基本的には私もポジティブに捉えています。テクノロジーにはメリット・デメリット双方ありますが、基本的には10年、20年前より確実に便利になっています。ひと昔前なら月々数千円でバックオフィスのすべてのサービスが利用できることなどあり得なかったと思います。そしてこれからはAI技術が加速するので、データの最適化から提案までしてくれます。効率化だけではなく、さらにAIが事業成長のヒントをくれるようになるので、いい社会になっていくと思います。
また、仕事もプライベートも充実させないと人生は楽しくないので、人生が楽しくなるような形でテクノロジーが使われていくのは率直に良いことだと思います。マネーフォワードがその一翼を担えたら、こんなにうれしいことはありません。

中島:インフォマートという会社は、最終的に「世の中のみんなが80点で我慢できる世界を作りたい」と考えています。言い換えると、無駄な競争をしない世界。たとえば、請求書を想像してみてください。企業間の請求書をすべて集めたとしましょう。フォーマットは全部バラバラ。理由は簡単、みんな100点満点にこだわっているからです。でもよく見たら、書いてある項目は一緒じゃないですか。だったら100点満点ではなくなってしまうけれど、フォーマットを少し変えて標準化し、みんなで同じもの使ったほうがいい。つまり、「世の中のみんなが80点で我慢できる世界」とは「非競争分野に時間や手間を費やすのはやめにして、80点で我慢する。ここで浮いたリソースをもっと大事な競争分野に使っていこうよ」ということなんです。このサイクルがうまく回れば、日本も国力が上がっていくと思います。

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