成瀬岳人さん(パーソルプロセス&テクノロジー・ワークスイッチ事業部 デジタル人材開発部 部長) 業務コンサルタントとして複数プロジェクトに従事した後、ワークスタイル・コンサルティングサービスを立ち上げ、複数社の労働時間改善やテレワーク導入を支援。総務省から委嘱を受けてテレワークマネージャーとしても活動している。著書に「組織力を高める
                            テレワーク時代の新マネジメント」(日経BP)=写真・画像はすべてパーソル提供

バックオフィスのテレワークを進めるコツ 社内の意識改革が必要に

新型コロナウイルスの感染拡大で、テレワークの導入が不可欠になりました。それでも、総務や人事、経理などバックオフィス部門にまで浸透しきれていない企業も少なくありません。年間100社以上のテレワーク導入を支援しているパーソルプロセス&テクノロジーの成瀬岳人さんに、バックオフィスのテレワークを進めるためのコツや、社内の意識改革の方法を伺いました。

成瀬岳人さん(パーソルプロセス&テクノロジー・ワークスイッチ事業部 デジタル人材開発部 部長) 業務コンサルタントとして複数プロジェクトに従事した後、ワークスタイル・コンサルティングサービスを立ち上げ、複数社の労働時間改善やテレワーク導入を支援。総務省から委嘱を受けてテレワークマネージャーとしても活動している。著書に「組織力を高める テレワーク時代の新マネジメント」(日経BP)=写真・画像はすべてパーソル提供

テレワークを阻む三つの理由

――成瀬さんは、各企業のテレワーク導入のコンサルティングを進めています。コロナ禍の1年で、テレワークは普及したのでしょうか。

パーソル総合研究所の調査によると、2020年3月のテレワーク実践率は13%程度でした。ところが、1回目の緊急事態宣言後の同年4月の調査では、約28%に跳ね上がりました。同年5月末の緊急事態宣言解除後も、下がったとはいえ、25%くらいで推移しています。

パーソル総合研究所が調査した全国のテレワーク実践率の推移

――感染防止や生産性の向上、災害時にも業務を遂行できるようにするBCP(事業継続計画)の観点から、テレワークの推進は不可欠だと思いますが、スムーズに導入できないケースもあると聞きます。

1年間で100社以上の企業をコンサルティングした結果、三つの理由が見えてきました。

一つ目は経営者のスタンスです。コロナ禍の今でも「オフィスに消毒液とパーティションを置き、感染症対策をすればいい」と考える経営者の方もいますが、このような感覚だとテレワークは進みません。

二つ目は、テレワーク導入の手法がわからないケースです。特に100人未満の企業に多い傾向になります。テレワークにはICT(情報通信技術)環境の整備が不可欠ですが、そのやり方がわからない、またはわかったとしても他にやるべきことが山積しており、手が付けられないというケースです。

三つ目はコストの問題です。これも中小企業に多いのですが、パソコンは全員デスクトップで、ノートパソコンの貸与もできず、リモート環境を整えられないということがあります。

――経営者や管理職層には、どのような働きかけが必要でしょうか。

大手の商社や銀行では、出社するスタイルの会社も多く、テレワークを日常にしていくのは難しいのかもしれません。

しかし、例えば、今後の銀行業界を考えると、キャッシュレス時代で支店が減少しており、テレワークやデジタルトランスフォーメーション(DX)は必須です。そのような危機感は、現場の部課長クラスからあがっています。大手企業では、そのような危機感を抱えている部課長クラスの判断によるワークスタイル行動の変化が必要ではないでしょうか。

一方、中小企業では、経営者の鶴の一声でテレワークが導入されるケースが多いという印象があります。加えて、会社のことをよく知っていて、社長が一目置くようなベテラン社員を説得すれば、テレワークは一気に進むケースもあります。

バックオフィスでテレワークを進めるには

――バックオフィス部門は、帳票類や契約書など書類でのやり取りが多く、出社率が高い傾向にあると思います。テレワークは果たして進んでいるのでしょうか。

バックオフィスでのテレワークが進んでいる企業と、そうでないところとの二極化が顕著です。分かれ目はやはり、業務のデジタル化が進んでいるか否かだと思います。紙ではなく、クラウド上で業務に関わる全てのデータを共有できる、すなわちデジタル化が進んでいる会社は、テレワークにもスムーズに移行できています。

デジタル業務環境のイメージ

ただ、紙の資料を電子化してデータベース化しても、業務プロセスそのものを変えなければ、紙はなくなりません。例えば、紙ベースの業務をなくしてクラウド上で処理できるツールを入れても、最初は「使いにくい」という声が出ます。実際、システムからわざわざ印刷をして、持ち帰って自宅でデータ入力をするようなケースもあります。

――確かに、紙ベースの資料をデータ化しただけでは問題は解決できません。

ペーパーレスの実現に向けては、「ペーパーストックレス」も考えなくてはなりません。例えば、書庫に保存されていても、半年間アクセスしていないような紙資料があるのではないでしょうか。そうした資料は、法律で一定期間保管義務がある帳簿など、本当に重要な物に限る必要があります。業務をペーパーレスにしても、紙で保管する文化がなくならなければ、本当のペーパーレスは実現できません。

業務プロセスの改善やペーパーレスの環境づくりを、同時に進めなければいけません。ある会社では、四つあった複合機を一つに減らし、その複合機を社長のデスクの隣に置いたところ、誰も紙を印刷しなくなったそうです。一例ではありますが、そうした地道な工夫も必要ではないでしょうか。

また、テレワークが進んでいない職場の従業員は、業務で困ったことがあると、バックオフィスの人たちにすぐに聞きに行き、それに対して迅速に回答しなければいけないという文化があります。そうなると、バックオフィスは「私たちはお留守番です」という意識になり、職場に出社せざるを得ないことになります。

バックオフィスへの問い合わせは、本来、チャットツールでも聞ける内容です。なので、テレワークを推進するのであれば、「オフィスに行っても誰もいない。問い合わせはチャットで」という状態を作ることが大切だと思います。

テレワーク時代の人事評価

――テレワークに関して企業から受ける相談には、どのようなものが多いのでしょうか。

「人事評価をどのようにすればいいのか」という相談は多いです。対面で仕事をしなくなったことで、人事評価における「成果」の定義を、より明確にしなくてはならなくなりました。

営業部門であれば、一義的には売り上げが指標となります。バックオフィスの業務にそうした明確な基準はありませんが、業務に求められる「役割」が必ずあるはずです。

「役割」とは「日常の経理業務を回す」ものだけではなく、付加価値の向上が求められます。具体的には、業務の効率化や時間の短縮などの業務改善やコスト削減などが挙げられます。

どんな期待や役割を求めるかは、経営者や管理職が会社の状況を把握して、経営の観点からブレークダウンして各人に落とし込む必要があります。テレワークになって、業務の役割や意味が、より問われる時代になっていると思います。

――これからのバックオフィス人材に求められるマインドは、どのようなものになりますか。

バックオフィスの業務は守りのイメージがありますが、経営環境や様々な制度を見直し、変革を担うポジションにあります。変革を推進できる「人事や総務の専門家になる」という意識を持つことが求められます。企業側もそうした人材を育てる体制を作らなくてはなりません。

テレワーク時代に求められる人事制度

求められる「デジタル人材」とは

――では、テレワークを進めるために必要なことは何なのでしょうか。

やはり意識改革になります。テレワークの必要性は認識していても実現できない場合、そこでストップするのではなく、費用面も含めて誰かに聞けばいいですよね。

例えば、東京都には「ワークスタイル変革コンサルティング」という支援制度があります。テレワークの専門家のアドバイスを無料で受けることができ、導入までのポイントや助成金などについても、相談に乗ってくれます。

テレワーク浸透には、ICTツールの利用が不可欠ですが、現場が使いこなせるツールのUX(ユーザーエクスペリエンス)を吟味して、選ぶことが重要です。また、ミドルやシニアの世代が、ICTツールを使いこなせる若い世代から使い方を学ぶ姿勢も大切になります。

今まで「デジタル人材」と言えば、データサイエンティストやAIを使いこなすハイクラス人材がメインでした。しかし、今後は、業務改善や新規事業の開発のために、デジタルツールを社内で活用できる人材も「デジタル人材」です。デジタルに苦手意識を持つ人に、どのようにデジタルへの知見や実行力を身に付けてもらうかが、今後の日本社会の課題になります。

「管理型」から「支援型」へ

――テレワーク推進を図るためには、どのような組織改革を行うべきでしょうか。

マネジメントを「管理型」から「支援型」へと変えることです。管理職が正しい知識を持っているという前提で、上から下に指示や命令を出すのではなく、管理職が専門性を持つメンバーを後方支援するというスタイルに変えなければいけません。管理職は組織の向かうべき方向性を示し、メンバーから支援を求められた時にサポートする。そして、それぞれが与えられた役割を自律的に果たしていくのが、理想的です。

マネジメントは「管理型」から「支援型」へ

それには、従業員一人ひとりの「自律」が必要です。どこでいつ働くか、どのような仕事をするかを、組織に依存するのではなく、自ら考えて会社に対するパフォーマンスを発揮しなければいけません。経営サイドは若い世代が自由に能力を発揮できる体制を整え、従業員も「上司の命令に従うだけ」というマインドを変えるべきですね。

10年先を見据えて

――今後、ビジネスパーソンはテレワークとどのように向き合うべきなのでしょうか。

コロナ禍でテレワークは普及しました。しかし、これからは感染防止対策だけでなく、次の10年、20年は、働き方の前提が大きく変わるということを受け止めなければいけません。

日本社会は少子高齢化で人材不足時代の到来が避けられません。業務のデジタル化を進め、自動化や高度化を推し進める必要があります。デジタル化の遂行には、属人的な要素を排して、業務の可視化・共有化を図り、効率を高める体制を整えることが必要となります。一方、従業員にとっては、働き方の選択肢が広がるという点でメリットが大きくなります。

業務のデジタル化ステップのイメージ

テレワークとDXの必要性が高まることは自明です。それに伴い、人事制度も従来の年功序列かつゼネラリストを育てるのではなく、職能を重視するジョブ型の検討が各所で進んでいます。ただ、米国で浸透しているジョブ型をそのまま導入すればいいというわけではありません。日本社会にフィットした制度を考えることも必要です。

日本社会が転換期を迎えている今、これからの事業や人をどのように育てるべきかを、社会全体で学び、考え直す時期です。テレワークの導入やDXは、人事制度全体の観点から、企業規模や業界に関係なく取り組むべきではないでしょうか。

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