DXに欠かせない現場の「腹落ち」とは 400社を支援してきたIT顧問に聞く
IT経営ワークス(東京都)の代表を務める本間卓哉さんは、DXを進めたい全国の企業からの相談を受け、これまで計400社以上の支援に関わってきました。多くの現場を目にするなかで見えてきた、DX推進のカギとはなにか。本特集「等身大のDX」に登場した企業の事例から学べるポイントとあわせて聞きました。
【プロフィール】
本間卓哉(ほんま・たくや)さん
1981年秋田県生まれ。使命は「人×IT=笑顔に」。 株式会社IT経営ワークス 代表取締役・一般社団法人IT顧問化協会 代表理事・事業構想大学院大学 非常勤講師 など。中小企業に向けて、その企業に適切なITツールの選定から導入・サポート・ウェブマーケティング支援までを担うITの総合専門機関として、「IT顧問サービス」を主軸に、数多くの企業で業務効率化と業績アップを実現。これらのノウハウを共有し、より多くの企業での活用促進を図るために、2015年にIT顧問化協会(eCIO®)を発足。業務DXに取り組む人に向けて、的確な判断や推進ができるスキルを習得することを目標にした「業務DX推進士」の認定資格も提供している。著書に「売上が上がるバックオフィス最適化マップ」(クロスメディア・パブリッシング)などがある。
「できれば変わって欲しい」では変わらない
——最初に、本間さんがどんな形で企業のDX支援にとりくんでいるか聞かせてください。
たとえば会社の会計についてなら、会計事務所と顧問契約をします。同じようにITの顧問契約があってもいいのではないかと思って、IT活用を支援するIT経営ワークスを2010年に立ち上げました。
ITと一言で言っても内容はとても幅広く、経営者も現場も「こんな時、誰に相談すればいいんだろう」と的確な判断ができない難しさがあります。我々はITを一手に担う総合専門機関のようなイメージで、顧問として企業の中に入り、経営者側から「どう変わりたいか」「ITをどう活用していきたいか」といった相談を聞きながら、社内の推進チームと一緒に課題解決にあたっています。そこからニーズに応じて、クラウドツールの活用やデジタルマーケティングの支援もおこなっています。
——多くの会社を見てきたなかで、DXがうまく進んだ会社にはどんな特徴がありましたか。
うまくいった企業に共通していたのは、やはり意識改革がしっかりできていたということです。そのために重要なのは、会社トップの意思表示です。ボトムアップで変えるのは難しく、「会社全体を変えるんだ」というメッセージをトップが発信していかないと前に進みません。トップが「できれば変わって欲しい」ぐらいの考え方では、絶対現場は動きません。
DXというと、新しいシステムやツールを導入するといった話になりやすい傾向があります。しかし経済産業省による定義を見てみると、システム導入ということはどこにも書いてありません。目指すゴールは「企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」であって、ツールはそのための手段でしかありません。企業の文化、風土、意識を変えるということが課題の根底にあるので、こう変わりたいからこのツールを活用していくべきという腹落ちがないと、高いお金をかけてツールだけ導入しても企業風土は変わらない、といったことがおこりがちです。
——とはいえ、長年染みついた意識を変えるのも簡単ではないと思います。実際の支援の現場では、どんな風に風土改革を促すのでしょうか?
最初は必ずと言っていいほど反発を受けます(笑)。我々は経営層から依頼を受けて改革をする立場なので、現場側からいろんな反発が出てくることが多いです。その背景は、効率化が進んだら自分の仕事がなくなるのではないかという不安から来る反発なのですが、その不安のせいで前向きな取り組みをしてくれないということが起きます。
この不安をほぐしていくには時間を使わないといけません。人に寄り添って、こういうやり方にしていけば便利でしょう、楽になるでしょう、ということを少しずつ伝えていかないと変わりません。ある印刷会社では、対面営業がメインで取引が減っていたため、ウェブから受注できる仕組み作りをしていきました。最初は営業担当者から「自分の仕事がなくなる」といった不安の声も出ていたのですが、直接訪問して営業活動をしなくても、商談を進める上で必要な情報を取得することができるということがわかると、「仕事が楽になった」というプラスの反応に変わっていきました。
安川電機から学ぶ「個人の納得感」
——トップのメッセージの重要性という意味では、安川電機の記事の事例(https://backoffice.asahi.com/category/case-study/221117_yaskawa-electric-corporation/index.html)が参考になると思います。
そうですね。さらに言うとトップダウンもタイミングが大事で、トップからのメッセージを出すだけではなく、それを受けて社内で動く推進役がいないとうまくいきません。
記事の中に出てくる、「コンサル任せではうまくいかない」というキーワードはまさにその通りです。我々も依頼を受けたとき、「任せられますか」と言われてしまうことがありますが、社内に推進役がおらず、それを外部に求めるようではDXは無理です。
たとえば数百人規模の事業所を十数カ所持つような会社が、新しい勤怠管理システムをいれようとしたとき、eラーニングを使って動画でやり方を伝えればすむと思うかもしれません。しかし現場は想像以上にアナログで、「動画を見るのが億劫」、「視聴するためのネット環境がない」ということも十分おこります。そういった時に、外部のコンサルではなく、企業の中の推進役が各地の事業所に出向いて直接説明するといった泥臭い活動も必要になってきます。
——安川電機で推進役を担った下池正一郎執行役員も、製品の識別コード統一という作業に現場で協力してもらうため、事業所に出向くなどして説得を続けていました。
下池さんがおっしゃるように、「個人の納得感を大事に、あきらめず丁寧に説明を重ねる」というのは本当に重要です。地道な取り組みが、最終的なDXにつながります。何か新しいシステムをいれたからガラッと変わる、ということはまずありません。
鹿島建設から学ぶ「動機づけ」
——トップのメッセージに加えて社内での推進役が大事だという教訓は、鹿島建設の記事の事例(https://backoffice.asahi.com/category/case-study/221222_kajima-corporation/index.html)にも共通すると思います。
トップの意思表示は大変重要ですが、そこから現場任せだと何も進まないケースが大半です。なぜかというと現場は常に忙しいので、新しいことをやる余裕はありません。そこで、プロジェクト推進チームが必要になります。今回のケースで言えば、「鹿島スマート生産ビジョン」のプロジェクトチームがあり、そこに明確なビジョンが敷かれていることです。
——プロジェクトチームの担当者も、「ビジョンが示されたことで、新しい提案が通りやすくなり、社内でチャレンジする数が増えた」と話していました。トップからのメッセージと推進役が、両輪のように機能していた印象です。
記事から学べるもうひとつのポイントは、新しい取り組みや変革は決してスマートにはいかないということです。現場は常に忙しく、余計な仕事を増やされたくないから、基本的には変わることを嫌がります。
そこで重要なのが「動機づけ」です。そのためには、可視化から導いた根拠が必要になります。たとえば、ものを探している時間が1人あたり10時間あるとすれば、100人いれば合計1千時間もとられていることになります。労働時間で考えれば5人以上(8時間/日×25営業日)のリソースコストがかかっているわけです。これをシステム管理し、ものを探す時間を削減することで1/10の時間短縮につながる可能性が出てくるケースがあります。このような可視化から、システム導入に向けた根拠を示すことができます。
私が関わった事例でも、経費精算システムの導入検討で、処理業務に関わる、目に見えにくいコストを導き出していきました。すると、経費精算には申請する人、承認する人、処理する人と多くの人が関わっていることでかなりのリソースコストがかかっていることが見えてきました。最終的にシステムを導入したほうがコストを圧縮できるということがわかり、導入に至りました。
コープさっぽろから学ぶ「現場での手応え」
——コープさっぽろの記事の事例(https://backoffice.asahi.com/category/case-study/230112_coopsapporo/index.html)では、チャットツールの活用を大きな成果につなげています。
ツール導入や活用にあたっては、コープさっぽろさんのように「将来最終的にどうなりたいか」というビジョンを明確にすることが大事です。やみくもに、目の前で使う紙を減らしたいからツールを導入するとなっても、これは部分最適でしかなく、全体の最適化はできていないということがよくあります。
そのうえで、導入によるインパクトを見ていく必要があります。小手先だけでやっても、「実際に楽になった?」「売り上げはあがった?」と疑問を持たれて、改革の機運がしぼんでしまいます。コープさっぽろさんのように、現場での手応え、インパクトが出るものに取り組んでいくのは大事です。
——コープさっぽろではDXにあたって「組合員にとって素晴らしいサービスを提供している」「従業員も気持ちよく働けるIT環境を提供する」といったミッションを掲げており、チャットツールもしっかりこの理念に沿って活用されていると感じます。コミュニケーションの効率化によって、店頭の商品入れ替えが早くなるなど、サービス面でも目に見えた成果が出ています。
そうしたことが少しでもあると、現場では「ツールを使ってよかった」となり、他の変化にも前向きになりやすくなります。
我々も依頼を受けるとき、「ツールから入らない」というのは気をつけているポイントのひとつです。「どんなツールを入れるのがいいですか」と聞かれることが多いのですが、「何のためにツールをいれるのか」というところを最初に掘り下げていく必要があります。それによって、本当に必要な機能や使い勝手がわかってくるので、やりたいことを突き詰めた結果、「ツールを入れなくてもいいのではないか」という結論になることもありえます。
現場でしっかり機能するかということもおさえなければいけないステップです。ある会社に勤怠システムの導入を検討したときは、従業員に高齢者が多く、スマホを使うシステムは合わないということがわかりました。最終的には、電話を使って勤務時間を打刻するというニッチなシステムが導入されました。何がしたいかというニーズが突き詰められていれば、必要以上の機能や過剰なコストがかからずにすみます。
DXは「変革し続けられる体制作り」
——これまでの事例を通じて、現場が「腹落ち」することがDXの推進力になると感じました。最後に、DXのため奮闘している企業へのアドバイスをお願いします。
変革のためのプロジェクトチームができたなら、そこにちゃんと権限を与えてほしいです。せっかくプロジェクトチームが現場と調整して「こういう仕組みを導入したいです」と決裁を上司にあげても、上層部はその意味がわからなくて決裁が下りなかったという不幸なケースもあります。
すべてをチームに任せることは難しいと思いますが、例えば「この予算規模までのものならばチームの判断に託す。これ以上の額については稟議をあげて擦り合わせをする」というように、明確な条件を作っておくのも重要です。
DXで求められていることは、変革し続けられる体制作りです。だからこの取り組みにはゴールがありません。チームを設ければできるわけではなく、会社全体で変わりやすい体質というのを作り続けなければいけません。ITやクラウドは手段でしかないので、会社としてどう変革していきたいのかというビジョンをしっかり持ったうえで、社内に落とし込むべきです。これは中長期で数年かけてやっていくべきプロジェクトなので、それを覚悟のうえで取り組むことが重要だと思います。